V系バンド図鑑

【X JAPAN】日本のビジュアル系を築いた伝説の世界的ロックバンド

ロックにこんにちは。みなさんは、ビジュアル系の音楽をいつも楽しんでいますか。

今回は日本のビジュアル系を築いた伝説の世界的ロックバンド、X JAPAN(エックスジャパン)についてご紹介します。

X JAPANの基本情報

X JAPANとは

活動期間1982〜1997年、2007年〜
V経カテゴリコテ系
音楽性ヘヴィメタル、スピードメタル、ハードロック
所属事務所William Morris Endeavor Entertainment

X JAPAN(エックスジャパン)は1982年に当時、高校生のYOSHIKIとToshIを中心に千葉県館山市で結成されました。結成当初は「X(エックス)」というバンド名で、1989年にメジャーデビューした後に1992年にX JAPANに改名しました。

その後、1997年9月22日に解散を発表し、同年12月31日にラストライブを開催し解散ます。その後、2007年10月22日に再結成しました。

当時、メイクをしたバンドが国民的な人気を得なかった日本の音楽シーンで、ド派手なメイクに逆立てた金髪、暴れるようなライブパフォーマンスが人気になり、「ビジュアル系」というジャンルを打ち立てました。

バンド名の由来

「X JAPAN」はもともと、バンド名が「X」でした。結成当初、最適なバンド名が浮かばなかったので、仮の名前で「X」とします。

後にYOSHIKIは「X」という文字は「数多くの可能性」という意味があるということが分かって、バンド名に「無限の可能性」「ジャンルにとらわれない」という意味を後付けします。

しかし、結成した頃には「X-RAY」というヘヴィメタルバンドがいたため、一時期、「エックス」というカタカナ表記になっています。

 

その後、世界進出に際して、アメリカにも「X」というバンドがいることが発覚して、1992年8月のHEATH加入発表と同時にX JAPANに改名します。

メンバー

現在のメンバーは以下の通りです。

  • ボーカル:ToshI
  • 上手ギター、バイオリン:SUGIZO
  • 上手ギター:HIDE
  • 下手ギター:PATA
  • ベース:HEATH
  • ドラム、ピアノ:YOSHIKI

メンバーの中でHIDEはすでに他界していますが、現在もメンバーとして存在し続けています。

また、インディーズだった頃は「大魔神五人組」という名前でパートチェンジバンドを組んでいました。

  • ボーカル:HIDE(ロボ)
  • ギター:TAIJI(ヒマラヤン五郎)
  • ギター:YOSHIKI(ジョン)
  • ベース:PATA(ゴンザレス書記長)
  • ドラム:TOSHI(おちゃるちゃん)

ボーカル:ToshI

ToshIはボーカルです。千葉県の館山(たてやま)市出身で、生年月日は1965年10月10日で血液型はA型です。年齢は55歳です。身長は163cmです。

いつもサングラス姿がトレードマークで活動していますが、昔は派手な髪の金髪でした。

 

結成時はTOSHI名義で活動していましたが、2010年2月9日にToshIに改名しています。そして、2018年から「龍玄とし」をソロ活動の時にメインで使っています。特に「ToshI」か「龍玄とし」かのこだわりはないそうです。

1度目の改名は洗脳からの脱却を期に、2度目は「苗字があった方がいい」という理由で改名したと言われています。

 

また、ToshIとYOSHIKIは仲が良かったり悪かったりします。

もともと、TOSHIKIとは幼稚園からの幼なじみで、音楽の趣味が合ってバンドをしていました。しかし、90年代に活動していた時は完璧主義のYOSHIKIから尋常じゃないほどプレッシャーを感じながらToshIはレコーディングなどに励んでいました。

そして、ToshIはX JAPANの脱退を決意して、X JAPANの解散を引き起こします。その時にYOSHIKIは激怒して、以後は口を聞くこともなく絶縁します。そして、約10年後にX JAPANが再結成するという話が持ち上がり、ToshIはYOSHIKIに電話をします。

 

それから、またふたりは良好な関係になりますが、2018年ごろから再び、方向性の違いや事務所の契約問題でまた関係が悪化していると週刊誌に報じられています。

現在は、龍玄としとして、バラエティ番組に出演したり、コンサートを開いたりしています。

上手ギター:SUGIZO

SUGIZOは上手(客席から見て右)ギター、バイオリン担当です。SUGIZOは神奈川県の秦野(はだの)市出身で、生年月日は1969年7月8日で年齢は51歳です。

もともとLUNA SEAで活動していましたが、2009年5月1日にX JAPANに加入します。

 

SUGIZOがX JAPANに加入したことによって、X JAPANの音楽性が広がりました。特にバイオリンが弾けるアーティストが加わったことで、クラシックのアレンジが効くようになりました。

代表的なのは「紅」です。この曲の前奏では、SUGIZOの情緒溢れるバイオリンが聴こえてきます。

また、ESPからSUGIZOモデルのギターが販売されています。

上手ギター:HIDE

HIDEは上手(客席から見て右)ギター担当です。生年月日は1965年10月10日で、1998年5月2日に亡くなりました。33歳の若さでした。

現在でも現存のメンバーとして、ライブでは当時の映像を使ってスクリーン出演しています。現役時代は異彩を放ちながらギターを弾き、「Joker」「SADISTIC DESIRE」など多くの作品の作曲をしていました。

X JAPANが解散した後はソロ活動を成功させて、「ROCKET DIVE」「ピンクスパイダー」などといった名曲を生み出しました。

 

HIDEの本名は「松本秀人(まつもとひでと)」で身長は170cmのAB型です。また、HIDEモデルのギターがFERNANDES(フェルナンデス)から発売されています。そのほかにも、hideグッズは今でも人気のアイテムのひとつです。

HIDEの死因は謎で、俳優の三浦春馬(みうらはるま)と共通点も検証されていますが、自殺でないとも言われています。現在の墓は神奈川県の三浦霊園にあります。

下手ギター:PATA

PATAは下手(客席から見て左)ギター担当です。生年月日は1965年11月4日で、年齢は54歳です。PATAの本名は、石塚智明(いしづかともあき)で身長は168cmのB型です。

ステージ上での立ち回りから分かるように普段もマイペースな性格です。好物は酒とタバコです。また、大の巨人ファンで、巨人の試合結果がその日のパフォーマンスに影響しています。

 

また、2016年2月3日にPATAは大腸憩室炎、門脈血栓症の診断を受け、緊急入院していると発表されました。

大腸憩室炎とは大腸が外に飛び出て、この飛び出た部分が炎症を起こすことです。一方の門脈血栓症は肝臓近くの血管の中に血栓と呼ばれる塊ができてしまい、それが血管を塞ぐことです。体だけは大事にして欲しいですね。

ちょうどX JAPANがウェンブリー公演を控えている時でした。

PATAは集中治療室にて治療されていましたが、意識回復後に「ウェンブリーで死んでやる」とYOSHIKIに言いましたが、10月にPATAの容体は回復してX JAPANに復帰します。
ちなみにPATAの病気は酒とタバコが原因で発症してしまった可能性が高いです。

ベース:HEATH

HEATHはベース担当です。生年月日は1968年1月22日で年齢は52歳です。HEATHの本名は、森江博(もりえひろし)で身長は175cmのB型です。ギターのSUGIZOと同じ身長ですね。

メンバーの中で1番露出が少ない人物で、現在の動向が掴みにくいです。

2009年には脱退騒動を引き起こしましたが、現在は解決済みです。また、結婚しているかどうかはシークレットになっています。

ドラム:YOSHIKI

YOSHIKIはドラマー、ピアニスト、作詞作曲家です。日本でビジュアル系のジャンルを創設したとも言われている伝説の人物です。作詞をする時に別の名前の「白鳥瞳(しらとりひとみ)」「五十嵐美由姫(いがらしみゆき)」などを使います。

生年月日は1965年11月20日で、年齢は54歳です。YOSHIKIの本名は「林佳樹(はやしよしき)」で身長は175cmのB型です。また、ソロ活動では音楽活動を中心にさまざまなプロデュース業を行っています。

グッズのプロデュースにも力を入れていて、「Y by Yoshiki」というワインが人気です。

 

YOSHIKの性格は音楽のことになると完璧主義者になると言われていて、それ以外のファンと絡む場面では自由奔放な面もあって振れ幅が大きい人物です。

また、千葉県立安房(あわ)高等学校を卒業しています。YOSHIKIは独身です。しかしながら、彼女はいるという噂が流れています。しかし、日本人ではありません。ハリウッドの女優や香港に住むロシア人モデルが彼女だという噂もあります。

しかし、本人から発表されたわけではないので不確定です。ちなみに1994年にはフライデーに工藤静香(くどうしずか)と付き合っていたことがリークされています。

元メンバー

パート名前活動時期
ギターTERRY1982-1985
ギターTOMO1984-1985
ギターEDDIE1985
ギターHALLY1985
ギターZEN1985−1986
ギターSATORU1986
ギターISAO1987
ベースATSUSHI1984-1985
ベースHIKARU1985−1986
ベースTAIJI1985, 1986-1992/01/07, 2010/08/14,15

X JAPANの音楽性

音楽性

X JAPANはYOSHIKIが作詞作曲した作品が多いため、YOSHIKIの世界観が反映されています。YOSHIKIは好きなアルバムにアイアン・メイデンの「鋼鉄の処女」「キラーズ」をあげています。特にパンクロックの部分が好きだったといいます。

そのほかにも、セックス・ピストルズ、ザ・クラッシュ、G.B.H.などをよく聴いていました。

また、X JAPANがスタジオに入る前に、YOSHIKIは通常、ギターやドラムなどすべての楽器の譜面を書いています。この点は他バンドと比べて珍しいです。

 

一方で、YOSHIKIのレコーディングはかなり厳しいことで知られています。楽曲のイメージを忠実に再現するため、ToshIは1曲のレコーディングで7~10トラックほど歌います。それをYOSHIKIが1番ベストなテイクを探して、完璧な作品を作り上げています。

たった少しのフレーズの完成に数時間かかることもあって、その姿はまさにプロフェッショナルです。また、この姿勢がToshIを道具のように使って、精神的に追い込んだということにもつながりました。

YOSHIKIの音楽性を主体にX JAPAN全体では、海外のメタルやハードロックの要素を混ぜつつ、クラシックとの融合をさせています。

 

いくつか曲を聴いて、音楽性を詳しく見てみましょう。

メタル系の代表曲は「Silent Jealousy」です。

テンポが早くて、これこそ美しいメタルの真骨頂です。

ハードロック系の代表曲は「WEEK END」です。

ライブでも定番曲で、荒削りのギターサウンドからハードロック感が出ています。

クラシック系では「Tears」です。

激しい演奏をするX JAPANが泣けるようなメロディと、情緒的なピアノの旋律を奏でてています。

 

他のメンバー作曲で有名な曲をいくつか見てみましょう。

hideが「Joker」というハードロックナンバーを作曲しています。

また、TAIJIも作曲していて、「Voiceless Screaming」というバラードはYOSHIKI作品とはまた違った流麗さがあります。

 

また、新しく加入したSUGIZOも「BENEATH THE SKIN」という曲の作曲をしています。LUNA SEA感が出ていますね。

X JAPANとしての音楽が後輩のビジュアル系バンドを中心に大きな影響を与えています。具体的なアーティストは以下の通りです。

  • MIYAVI
  • DIR EN GREY
  • GALNERYUSのSYUとFumiya
  • the GazettE
  • Sadieのボーカリスト真緒
  • LM.CのMaya
  • FLOW
  • DJ OZMA
  • Deadmanのaie
  • ScrewのJin
  • DaizyStripper
  • Versailles
  • D
  • DELUHIのLeda
  • 12012の川内亨
  • BABYMETAL

X JAPANの歌詞は「Uta-Net」などでご覧になってください。

影響

X JAPANのメンバーが影響を受けたのは以下のアーティストです。

ToshIKISSなど
SUGIZOJapan、布袋寅泰、YOUなど
HIDEThe Damned、The stranglersなど
PATAKISS、リッチーブラックモアなど
HEATHVan Helenなど
YOSHIKIKISS、IRON MAIDENなど

全体的に洋楽に影響を受けています。特にKISSの影響は強いですね。

ビジュアル

X JAPANはビジュアル系の元祖と言われています。現在は、黒を基調としたメイクや衣装で活動していますが、昔は全く違う見た目でした。

肩まである金髪のロングヘアを逆立てて、さらには白塗りのメイクをしていたこともありました。海外のロックバンドであるKISSをマネたものでしたが、当時としては衝撃的でした。この見た目と高い音楽センスが重なって、一世風靡しました。

ライブパフォーマンス

X JAPANのライブパフォーマンスはメイクと同様に年代によって全く違います。1980年代はライブハウスでシンバルにガソリンを注いで燃やしたり、YOSHIKIがドラムセットをめちゃくちゃに壊したりするなど、まさにやりたい放題でした。

 

しかし、近年ではYOSHIKIのヘルニアの影響もあって、パフォーマンスの激しさは控えめになります。

ライブの曲数は少なく、インターバルが多いです。その間に、メンバーのソロを挟んだり、ToshIを中心にアコースティックの弾き語りを行ったりしています。

これはYOSHIKIを休ませるためだと言われています。

 

また、ToshIの「暴れん坊将軍で行けよー!」「気合入れて行けー!」という掛け声は定番です。そして、ライブでの定番曲である「紅」を演奏する前には、「紅だー!」というセリフも盛り上がります。

X JAPANの活動

偉業

X JAPANは日本のビジュアル系を確立しました。

1980年代の日本で、派手なメイクと金髪を逆立てたヘアスタイルでインパクトを世間に与えたのはもちろん、派手なライブパフォーマンも話題になりました。

 

一方で、見た目にも劣らない高い音楽性が日本だけではなく、世界規模で評価されています。

他にも世界進出をしている日本のビジュアル系バンドはたくさんいますが、X JAPANはさらに早い段階で世界進出して、評価を得ています。

リーダーのYOSHIKIはアメリカを拠点に生活していることもあって、高い語学力も世界的評価に繋がったのでしょう。

結成秘話

YOSHIKIとToshIは幼稚園からの幼馴染みでした。そして、小学校高学年の時にアメリカのハードロックバンド「KISS」の話をするようになり、バンドを組みはじめます。

ふたりは当時小学6年生ながらも、1977年から1978年にかけてDYNAMITE(ダイナマイト)、中学校に進学後、1978年から1982年にかけてNOISE(ノイズ)というバンドを結成して活動します。当時、ToshIはギタリストでした。

また、主にレッド・ツェッペリン、UFO、レインボーなどのコピーをしていて、中学校の学校行事が初ライブでした。その後、当時のボーカルが、中学校の分割によって別の中学に編入します。それを機会にToshIがボーカルになります。

 

ふたりはその後、千葉県立安房高校に進学します。バンドは続けていましたが、進学に際して他のメンバーが脱退します。そして、ふたりが高校2年生だった1982年の夏に、他校のメンバーと一緒にXを結成します。

また、高校の文化祭にも出演します。「We are X」「I’LL KILL YOU」などを演奏していました。そして、高校卒業後に音楽大学に推薦で進学する予定だったYOSHIKIは、入試の1週間前に進学を辞めて音楽の道に進むことを決意します。

活動記録

結成初期

Xは1984年にToshIと結成時のメンバーのTERRYと共に活動拠点を東京に移します。その頃、ベース担当のATSUSHI、ギター担当のTOMOが加入します。上京後は人脈がゼロの状態で、メンバーを募集したり、ライブハウスを探したりします。

そして、1985年に準備を整えて、バンドとしての活動を本格的に開始します。同年6月、1stシングル「I’LL KILL YOU」をリリースします。そして、1986年にYOSHIKIは自主レーベル「エクスタシーレコード」を設立します。

 

そして、2ndシングル「オルガスム」を発売します。

この頃には、徐々に人気になっていましたが、YOSHIKIが1日十何時間も練習に費やすことをメンバーに強要したことから、挫折するメンバーが相継ぎます。メンバーの出入りが激しく、一瞬だけのメンバーも含めると20人以上が脱退と加入を繰り返しました。

 

そのため、YOSHIKIは、自分の方針に忠告をしてなおかつ、お互いの個性を認め合い、尊敬して成長し合えるメンバーを求めていました。

1986年に、一時期Xに加入していたTAIJIが1986年の年末に再加入します。そして、1987年ビクターから発売されたオムニバスアルバム「SKULL THRASH ZONE Vol.1」のレコーディングにPATAがサポートで参加します。

同年には、当時SAVER TIGERで活動していたHIDEを加入させます。この頃、HIDEはバンドを辞めて美容師になろうと思っていました。その後、当時のギターの事故によって、PATAが正式なメンバーとして加入します。

 

この頃のX JAPANの態度やライブは暴君そのものでした。ライブハウスでYOSHIKIがシンバルにガソリンを注いで燃やすなどのパフォーマンスをして、出禁になります。また、打ち上げの際には喧嘩をして、YOSHIKIはお店のブラックリスト入りします。

Xの悪名は相当で、HIDEの率いるSAVER TIGER、TAIJIが在籍したDEMENTIAと共に「関東三大粗大ゴミバンド」と呼ばれていました。

全国的な知名度の獲得

YOSHIKIは、「曲がよくても聴いてもらえなければ意味がない」と考えて、知名度の獲得を目指します。そして、バラエティ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「ヘビメタコーナー」に出演します。

今では考えられないような、ステージ衣装で運動会を行ったり、爆音で寝起きどっきりを仕掛けたりするなど体を張っていました。また、狭い食堂の中で「オルガズム」を演奏するという「やしろ食堂ライブ」というコーナーは人気でした。

ヘヴィメタルバンドがテレビ出演することに、反感を持つ人も多かったのですが結果的にこの戦略は当たって有名になります。さらにそれだけではなく、ライブではオリジナル映像を収録したVHSを客に配布します。

さらには、冷蔵庫、電子レンジ、トラックなどを配布するアイデアもありました。そして、1988年4月に1stアルバム「Vanishing Vision」を発売します。発売1週間で初回プレス分1万枚を完売します。

 

それと並行して、メジャーレーベルとの契約交渉を行った結果、CBSソニーと契約します。ちなみに、他のレコード会社の社員はXのメンバーに対して態度が悪く、YOSHIKI以外のメンバーは怒っていました。

また、CBSソニーは契約金や契約期間などの条件が最も低く、メンバーから「絶対に売れてこいつらを見返してやる」という反骨心が生まれたといいます。

 

同時期の1988年7月19日に仙台のライブハウス「フォーラスモーニングムーン」で行われたライブで、「Xジャンプ」が誕生します。

ダブルアンコールで「X」を演奏していた時、サビでHIDEが突然ジャンプをして、観客にそれを煽ったのがきっかけではじまります。

ちなみに、この時にジャンプに応えたの観客は数人でしたが、HIDEを見たTAIJIが直後からジャンプをして、PATAもそれに乗っかります。初期段階では、ジャンプによって音ズレが発生していました。

メジャーデビューからTAIJI脱退

X JAPANは1989年4月21日2ndアルバム「BLUE BLOOD」でメジャーデビューします。週間オリコンチャートで初登場6位を記録します。当時としては60万枚の大ヒットでした。そして、6月にメンバーは海外に滞在してVIDEO撮影や曲作りをします。

そして、同年9月に「紅」をシングルとして発売します。同時期に音楽番組出演などに積極的に出演したことによって、さらに多くの人たちから認知度が高まります。しかし、音楽業界からは賛否両論の声もありました。

 

同年11月23日に渋谷公会堂のライブ中にYOSHIKIが倒れてライブの以後のスケジュールが延期されます。

これ以降、YOSHIKIは体に負担をかけながらドラミングをすることになります。また、Xは日本有線大賞新人賞・日本ゴールドディスク大賞などを受賞します。

 

1990年2月に初の日本武道館ライブを行います。同年11月に次のアルバムのレコーディングのために渡米します。レコーディング中に、YOSHIKIが頸椎椎間板ヘルニアを発症して、再びスケジュールが大幅に変更されます。

1991年6月にメンバーは帰国して、翌7月1日に3rdアルバム「Jealousy」をリリースします。週間オリコンチャートで1位を記録します。ツアー「Violence In Jealousy Tour 1991 〜夢の中にだけ生きて〜」を行い、8月23日には初の東京ドーム公演を果たします。

同時期、新宿の小田急ミロードに「X SHOP JEALOUSIX」を出店、「カップヌードルX味」を発売するなど、数々の話題を作りました。そして、年末には「第42回NHK紅白歌合戦」に出場します。

 

1992年1月5、6、7日には、日本人アーティスト初の東京ドーム3日間連続公演「破滅に向かって」を開催します。動員数は約12万人でした。1月31日の「ミュージックステーション」でビデオメッセージを通じて、ToshIがTAIJIの脱退を正式に発表します。

TAIJIの脱退には諸説あります。当初「音楽性とファッション性の違いから」と説明されていましたが、後にTAIJIは「YOSHIKIに直接脱退を迫られた」といいます。

「一部のスタッフがYOSHIKIに働きかけた」「YOSHIKIのドラムプレイに対して平気でダメ出しをする様になって、YOSHIKIとの間に軋轢が生じたから」などともTAIJIは振り返っています。

一方のYOSHIKIは「TAIJIのベースはXに必要だったが、YOSHIKIとTAIJIの間での約束をいとも簡単に破った」と言っています。

X JAPANに改名

Xは1992年4月20日付けでソニーとの契約が切れます。

Xは、1992年8月24日にニューヨークのロックフェラー・センターで記者会見を開きます。そこで、世界進出のためにアメリカのタイム・ワーナーと契約したことと、新しいベーシストとしてHEATHが加入することを発表します。

同時期に、アメリカでは同じ名前のバンド「X」が存在していたため、X JAPANに改名します。

 

日本では1993年12月24日に東京ベイNKホールで開催された「ミュージックステーションスーパーライブ93」に出演します。

同時期に「ART OF LIFE」のレコーディングに取り掛かります。デモテープは1990年夏には完成していましたが、ToshIのボーカル録りが難航していました。そして、1993年8月に作品化されます。

そして、メンバーのソロ活動が活発になります。ちなみに、X JAPAN自体のスケジュールと都合がつかなくなることもあって、リーダーであるYOSHIKIはイライラを募らせていました。

 

一方で、海外進出のために準備をしていましたが、ToshIの英語の発音が原因で、海外進出を断念します。また、長期のレコーディングでレコード会社との関係も悪化します。YOSHIKIは愛車のフェラーリを売却して、そのお金でレコーディングを行います。

しかし、レコーディングに経費と時間がかかりすぎたため、できた作品をシングルとしてリリースします。また、YOSHIKIはヘルニアの影響でテンポの早い曲のレコーディングを諦めます。

そして、1995年11月、全国ツアー「DAHLIA TOUR 1995-1996」を行います。しかし、1996年3月13日、名古屋公演1日目にYOSHIKIがライブ中に椎間板ヘルニアを再発します。その結果、ツアーは中止されます。

 

その後、1996年11月4日に最後のオリジナルアルバム「DAHLIA」を発売します。しかし、アルバムは全10曲中6曲がシングルとしてリリースされていました。また、この頃からToshIはX JAPANの存在と活動に息苦しさを感じるようになります。

同年12月に「DAHLIA TOUR 1995-1996」のツアーファイナルとして「DAHLIA TOUR FINAL」を東京ドームで開催します。

解散

1997年4月に「音楽性と方向性の違い」が理由でToshIが脱退します。後任のボーカルがいなかったので、9月22日に記者会見を開いてX JAPANの解散を発表します。その後、「ファンに対するけじめのライブをしよう」とHIDEがYOSHIKIを説得します。

ToshIも参加して、1997年12月31日に東京ドームでラストライブ「THE LAST LIVE〜最後の夜〜」を開催します。そして、コンサート終了後に第48回NHK紅白歌合戦」に出演して解散します。

 

その後、残ったメンバーは2000年に新たなボーカリストを迎えて再結成することを考えていました。HIDEは、hide with Spread Beaver名義で活動を始めますが、1998年5月2日に亡くなります。

その後もライブDVDの販売などが続きます。表立った活動をしていなくても、作品はリメイクなどをされて生き続けました。

たとえば、韓国では、映画「僕の彼女を紹介します」の挿入歌として「Tears」が使われて、日本文化解禁後の韓国映画で初の日本語楽曲使用となります。

 

一方で、ToshIの洗脳疑惑騒動などのニュースが飛び交います。YOSHIKIはHIDEの死にショックを受けて、アメリカでViolet UKなどの活動を行います。

再結成

2007年頃、X JAPANのかつてのマネージメント事務所の社長がToshIのライヴ会場に何度も足を運び、ToshIに再結成を呼びかけます。しかし、ToshIは否定的でした。

しかし、何度も来られたため、YOSHIKIに確認して、ロサンゼルスのYOSHIKIのスタジオを訪ね、およそ10年ぶりに共に演奏を行います。その時に一緒に演奏した楽曲は「Without you」でした。

 

同年10月18日、公式ホームページで活動再開が正式に発表されます。

10月22日に東京都港区台場のアクアシティお台場屋上で、新曲「I.V.」のMVの公開撮影を行います。「HIDEも世界に連れて行く」という意味を込めてHIDEの立ち位置にマイク・スタンドとギターを設置します。

また、HIDEのギター音をデジタル加工して使用していました。

「I.V.」は2008年1月23日にリリースされ、ハリウッド映画「SAW4」のメインテーマソングとして採用されます。

 

しかし、この頃のメンバーの心境は明るいものではありませんでした。YOSHIKIは「X JAPANに終止符を打つための再結成で、長期間の活動はしない」とインタビューで語ります。

また、HIDEの後任のギタリストはあくまでもゲストという扱いで、Toshlとの確執が完全に解消されたわけではないとも述べました。一方のToshIも「X JAPANと並行して、癒しの音楽もやっていきたい」と発言します。

 

そして、2008年3月28日、29日、30日にコンサート「X JAPAN 攻撃再開 2008 I.V. 〜破滅に向かって〜」を東京ドームで開催します。当日のライブではステージやモニタにHIDEの映像も映し出されます。

そして、2008年5月3日、4日にHIDEの追悼ライブ「hide memorial summit」が開催されます。LUNA SEA、T.M.Revolution、DIR EN GREY、マキシマムザホルモンなど有名なバンドが出演します。

X JAPANは2日目に出演し、「Without You」、hideの「ピンクスパイダー」を演奏します。

また、LUNA SEAのメンバーとLUNA SEAの楽曲「BELIEVE」を共演します。同年、12月31日には赤坂BLITZでカウントダウンライブ「X JAPAN COUNTDOWN GIG 〜初心に帰って〜」を開催します。

一方で、パリやアメリカ等でツアーも予定していましたが、YOSHIKIの体調不良で中止になります。

SUGIZO加入、TAIJI死亡

2009年1月16、17日に初めての海外公演「X JAPAN WORLD TOUR LIVE IN HONG KONG」を開催し、2日間で2万人を動員します。この頃、HEATHの脱退騒動が起こり、ツアースケジュールも変更されますが、結局落ち着きます。

また、同年5月1日に、再結成公演以来サポートメンバーだったSUGIZOが「6人目のメンバー」として正式に加入します。5月2、3日に東京ドーム公演「X JAPAN WORLD TOUR Live in TOKYO 〜攻撃続行中〜」を開催します。

「JADE」が初めて演奏されて、SUGIZOがバイオリンを披露します。その後、5月30日には台北で公演します。しかし、YOSHIKIが頸椎椎間板ヘルニアの手術を行うため、その後のツアースケジュールも再び延期されます。

 

そして、8月22日にフィルム・コンサート「X JAPAN FILM GIG 〜鈴鹿の夜〜」が鈴鹿サーキットで開催されて、YOSHIKIとToshIがサプライズ出演します。

2010年1月6日から14日にかけて、ロサンゼルスにてMVの撮影が行われます。総制作費は5億円をにもなり、「I.V.」「JADE」などの新曲に加えて「Rusty Nail」「紅」「ENDLESS RAIN」などの撮影も行います。

この様子はDVD「X JAPAN Showcase in L.A.」に収録され、パチンコ店限定でリリースされます。また、ToshIは2009年10月に肋間神経痛になって、全く声が出せない状態でした。しかし、この撮影をきっかけに声を取り戻します。

 

また、同時期にToshIは記者会見を行います。自己破産申請、離婚調停、ソロ活動でパートナーであったMASAYAとの決別などを告白などを発表して、自身の名前を「TOSHI」から「Toshl」に変更しました。

2010年の8月にかけてアメリカのシカゴでロックフェスティバル「ロラパルーザ」のメインステージに出演します。

 

また、8月14、15日に、横浜国際総合競技場で「X JAPAN WORLD TOUR Live in YOKOHAMA 超強行突破 七転八起 〜世界に向かって〜」を開催します。

このステージではTAIJIが出演して、ダブルベースで「X」を披露しました。1992年の東京ドーム公演以来、18年ぶりの共演でした。終演後はメンバーと抱擁を交わします。しかし、TAIJIは翌2011年7月17日に急逝してしまい、最後の共演となりました。

 

2011年3月6日に国立代々木体育館にて行われたYOSHIKIプロデュースのファッションイベント「ASIA GIRLS EXPROSION」にX JAPANとして出演します。

5月27日には映画「手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ美しく-」の主題歌である「Scarlet Love Song」を配信リリースします。

 

同年6月28日、「JADE」を配信リリースし、ヨーロッパ、日本、南米、東南アジアを廻る2011年ワールド・ツアーがロンドンからスタートします。

また、同年の8月13日の舞洲サマーソニック大阪特設会場、14日の千葉・QVCマリンフィールドで開催されたロックフェスティバル「SUMMER SONIC 2011」に出演します。2週間後の野外ライブツアー「a-nation」にも出演します。

その後、南米ツアー「X JAPAN WORLD TOUR Live 2011 South American Tour」、東南アジアツアー「X JAPAN WORLD TOUR Live 2011 Southeast Asian Tour」を行います。

現在まで

2012年4月11日アメリカの「第4回ゴールデン・ゴッズ・アワード」にアジアのバンドとして初ノミネートされて、ベスト・インターナショナル・バンド賞を受賞します。

2013年5月20日に東京・デックス東京ビーチ内の施設「マダム・タッソー東京」にてX JAPANの等身大フィギュアお披露目式が開催されます。

 

2014年4月29日にYOSHIKIのソロワールドツアー「YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR」コスタメサ公演を行い、Toshlもゲストとして参加します。同年8月17日、国内で初めてゲリラライブを東京・新宿ステーションスクエアで行います。

また、「聖闘士星矢 LEGEND of SANCTUARY」の主題歌「HERO」のX JAPANバージョンを披露し、ミュージックビデオの撮影を行います。

そして、2014年9月30日、10月1日の2日間、ワンマンライブを横浜アリーナで行います。2日間で2万2千枚用意されたプラチナ・チケットは1秒でソールドアウトします。

 

2014年10月12日には、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでコンサートを開催します。1万5千人のファンが集まって、アジア単独アーティストとしては最高記録となりました。

同年、12月26日に音楽番組「MUSIC STATION SUPER LIVE 2014」に出演します。そして、2015年6月27日に幕張メッセで開催されたLUNA SEA初の主宰ロックフェス「LUNATIC FEST. 」に出演します。

 

また、同年の11月28日、宮城県石巻市のライブハウス「石巻ブルーレジスタンス」で日本ツアーの初日公演を兼ねた、東日本大震災復興支援チャリティーコンサートを開催します。

キャパ150人のうち、75人は石巻市・東松島市・女川町の住民を対象にした無料招待枠でした。残り半数は「ヤフオク!」でチャリティーオークションに出品して、落札額は被災地支援の寄付金となり、最高落札額は120万円を超えました。

 

2015年12月25日、「MUSIC STATION SUPER LIVE 2015」出演。22年ぶりに「X」を披露し、12月31日にNHK紅白歌合戦出演して「紅白スペシャルメドレー 〜 We are X ! 〜」を披露します。

 

2016年に入り、ドキュメンタリー映画「We Are X」が、第32回サンダンス映画祭のワールドシネマドキュメンタリー部門にノミネートされ、最優秀編集賞を受賞します。1月23日に米国のユタ州でワールドプレミア上映されます。

同年2月3日、PATAが大腸憩室炎および門脈血栓症のため入院して、一時活動休止します。そして、10月14日から10月16日にかけて「VISUAL JAPAN SUMMIT 2016」を開催します。

2016年12月23日に「MUSIC STATION SUPER LIVE 2016」に出演して、「Silent Jealousy」を披露します。また、12月31日にNHK紅白歌合戦に出演して「紅」を演奏します。

 

2017年3月3日、ドキュメンタリー映画「We Are X」が日本で公開されます。また、3月4日にイギリス、ロンドンのウェンブリー・アリーナ公演を行います。

2017年7月 「X JAPAN WORLD TOUR 2017 WE ARE X Acoustic Special Miracle〜奇跡の夜〜 6DAYS」を大阪と横浜で公演を行います。

12月31日に第68回NHK紅白歌合戦に出場して「ENDLESS RAIN」と「紅」を披露します。

 

2018年4月10日、11日にZepp DiverCityで「XJAPAN復活10周年記念 XJAPANLIVE2018 アメリカフェス出演直前 PREMIUM GIGS 〜YOSHIKI復活の夜〜」を開催します。

同年4月14日、21日にアメリカ・カリフォルニア州インディオで開催された野外ロックフェスティバル「Coachella 2018」に出演します。実はビヨンセも同時間帯に出演しており、「ロック VS ポップス」の戦いだとして関心が高かったのです。

結果的に、アメリカのメディアはX JAPANのステージを大絶賛して大成功に終わりました。また、7月17日に「テレビ朝日ドリームフェスティバル2018」の9月15日の公演に出演します。

 

2018年9月28から30日にかけて、幕張メッセで「X JAPAN Live 日本公演 2018〜紅に染まった夜〜 Makuhari Messe 3Days」を開催します。

いくつかの楽曲はキーを下げて演奏されます。また、台風の影響によって、30日のライブは無観客で行われ、WOWWOWのオンデマンドで放送されました。

X JAPANの音源

人気曲

X JAPANには名曲がたくさんありますが、本サイトでは独自の人気曲調査を行いました。その中からトップ3を見てみましょう。

第1位:紅

「紅」は1989年9月1日発売の3rdシングルです。1989年日本有線大賞の最優秀新人賞受賞曲で、1992年の「第43回NHK紅白歌合戦」でも演奏されました。また、週間オリコンチャート5位を記録しました。

高校野球の応援歌としても使われていますね。全てにおいて完成度の高い楽曲です。

1989年4月21日発売の2ndアルバム「BLUE BLOOD」に収録されています。

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20代女性
20代女性
高音と爆音で聴いていると元気になる。
20代女性
20代女性
イントロは落ち着いていて、サビは盛り上がるので好きです。
20代女性
20代女性
一番有名な曲だからです。太鼓の達人で曲自体は覚えました。また、曲よりも個人的にはドラムの叩きが好きです。
30代女性
30代女性
メロディが大好きです。ドラムもカッコいい!甲子園の応援で使われているので、親近感があるのもあります。
30代女性
30代女性
ゆっくりなメロディから激しいメロディに切り替わるところがカッコよくて、テンションが上がるからです。また、野球の応援歌としてもよく耳にするので一番馴染みがあって気合が入る曲です。
30代女性
30代女性
紅と言ったらXジャパン!Xジャパンと言ったら紅!そして、紅と言ったらYOSHIKIさん!って位にXJAPANの曲で紅を崇拝しております。32分のバスの鼓動がたまりません!
40代女性
40代女性
私が10代の時に初めて聞いて、激しく心揺さぶられた歌だからです。激しい曲でありながら、切なさのあるメロディーと高音ボイスがたまらないと思いました。それまで私は音楽の教科書で習うような曲や、アイドルグループの曲くらいしか聞いたことがなかったので特に印象に残りました。
40代女性
40代女性
私は中学生の時にジャパンメタルに没頭していたので、インディーズの頃から話題になっていた、Xの噂はよく聞いていました。愛読していた雑誌に「紅」がおまけで付いていて、初めて聞いた時の衝撃を受けた印象が1番強いです。今でもカラオケで歌います。
40代女性
40代女性
カラオケに行っても、全員で歌える曲でもあり、盛り上がれる曲です。
50代女性
50代女性
鮮烈な印象のある曲です。
50代女性
50代女性
叫ぶように歌うToshiの歌声と超高速でたたくYoshikiのドラムがかっこいい。
50代女性
50代女性
このようなノリノリな曲は他にないでしょう。何歳になっても良さは変わりません。
20代男性
20代男性
高校生の時に、最初に聞いた曲。かっこよく、力強く、気分が明るくなります!YOSHIKIさんのドラムが最高です!
20代男性
20代男性
X JAPANと言えばこの曲だと思うから。またYOSHIKIのドラムさばきが物凄くカッコイイから。
20代男性
20代男性
パワフルな曲調が好きです。
30代男性
30代男性
激しい曲が好きなのでまさにぴったりの曲。聞いていてヘドバンしたくなります。
30代男性
30代男性
スピード感溢れる楽曲がとてもカッコいいです!メタル好きにはたまらないサウンドです!カラオケに行ったら必ず歌います!
30代男性
30代男性
緩くやや不気味なメロから突然のアップテンポに変わる瞬間とそのアップテンポをTOSHIの高音で歌い上げるのがとてもカッコよいと思います。また、ギターソロ、ドラムソロが最高にクールです。
40代男性
40代男性
紅は、私の青春時代の思い出の曲です。若い頃を1秒で思い出します。リズムも大好きで、体が熱くなります。
40代男性
40代男性
当時付き合ってた彼女が好きな曲でよく聞かされていたから。

40代男性
40代男性
X JAPANのメジャーシングル1作目なので、非常に衝撃を受けていたからです。。
10代女性
10代女性
始まるときのToshiの「紅だァーーーッ!!」の叫びが大好きです!わたしが生まれる前に発表された曲ですがいつ聞いても熱さを感じてとても良いです!
10代女性
10代女性
心にグサッと刺さるような曲で、この曲を初めて聞いた時の感動を今でも覚えています。特にラストライブの紅が感動します。hideさんが演奏する最後の紅だったのが印象深くなんだか泣けてきます。

いつ聴いても聞き飽きなく大好きな曲なので選びました。

60代以上女性
60代以上女性
男性のボイスであの高さまで声が響き通るのはすごい美声だと思います。そして声の力もすごいので世界に通用する歌声だと感じています。日本を代表するシンガーだと思います。ノリが良いフレーズはいつ聞いても楽しくなります。
50代男性
50代男性
時代を超えた名曲です。昔ギターで真似事をしました。ちょっと前に、高畑充希さんがdocomoのCMでアカペラで熱唱していましたが、歌唱力がハンパなかったです。
50代男性
50代男性
ヘビメタが絶対にだめだった私が覚醒させられたのがこの紅です。
イントロの悲しげなギターのアルペジオではっと心をつかまれました。
そこから激しいドラムが入ってきて動悸が一気に高まります。
なんだ、この驚異的なハイトーンの声は?!
男性がうたっているなんて、信じられません。
曲の後半はドラムソロがすごい。
ただのロックバンドではないことがすぐにわかりました。
娘の高校が甲子園に出場した時に応援席でこの紅を大声で歌いました。
(娘はブラスバンド部として甲子園に参戦していたのです)
いい思い出の曲です。
50代男性
50代男性
初めはやかましいだけのビジュアル系バンドと思っていましたが、その高い音楽性に引き込まれました。紅はその代表作です。
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第2位:Forever Love

「Forever Love」 は1996年7月8日発売の14thシングルです。週間オリコンチャートで1位を記録しました。小泉純一郎(こいずみじゅんいちろう)が大好きな曲で、X JAPANの代表的なバラードです。

1996年11月4日発売の4thアルバム「DAHLIA」 に収録されています。

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20代女性
20代女性
一番となるととても悩みました。
中学生の時に初めて聞いて、とても印象深く、胸に突き刺さったのと覚えています。
歌詞とメロディーとボーカルの調和が絶妙で未だに聞いています。
またヒデがひくギターの音がとても好きでした。
20代女性
20代女性
スローなテンポと歌声がとても綺麗で好きです。小さい頃によく耳にしました。
20代女性
20代女性
日本を代表するバラード曲であると思うからです。壮大なメロディーに乗せて圧倒的なX JAPANが歌い上げている曲であると思いますが、歌詞の繊細さが共存しており、自分にとても寄り添ってくれる曲です。馴染みやすい曲調も気に入っていて、この曲をリアルタイムでは聞いていませんでしたが(幼少期のため)、思春期に知ってからはよく口ずさんでいた思い出の曲です。
30代女性
30代女性
私はX JAPANのファンではないけれど、youtubeなどで、たまたま聴いて、特に、浜松の駅のクリスタルピアノの演奏ヴァージョンがとても気に入っています。歌詞も、曲調も、とても壮大な印象で、先日、ドキュメンタリー番組でYOSHIKIの特番をやっていて、彼の生い立ちや、人生観がわかり、それがわかると、とても深みのある名曲だと思います。

30代女性
30代女性
元気を与えてくれるからです。
30代女性
30代女性
X JAPANの好きな曲はいくつかありますが、一番はFOREVER LOVEです。理由は当時付き合っていた彼氏がバンドマンで色々なバンドのコピーもやっていてよく歌っていた事もあるからです。それまではX JAPANの曲はあまり知らなかったのですが、影響され色々と聞くようになり、その当時はよくこの曲を聞いていました。
40代女性
40代女性
激しい曲もいいけれど、しっとりしているこの曲が一番好きです。トシさんのハイトーンボイスがバラードにもとてもぴったりでとても感動的な曲だと思います。自分も動かす聞き入ってしまう曲だと思います。
40代女性
40代女性
ピアノの旋律が大変良い。歌詞も素晴らしい。サビのゆったり感が聞いていて心地よい。
40代女性
40代女性
私が初めてX JAPANを見たのは紅白歌合戦でこの歌を歌っているときでした。非常に高いキーをきれいに歌いこなすToshiさんの歌声に惚れ惚れしてしまいました。激しい曲のイメージが強いX JAPANですが、バラードも素晴らしいと感じた曲です。
50代女性
50代女性
バラード調な所が大好きで、これぞX JAPAN って感じがするからです。
50代女性
50代女性
披露宴で友人が歌ってくれたのが、会場が静まり返るほど上手で、感動したから。

50代女性
50代女性
メロディーも歌詞も本当に美しくてうっとりする曲なので大好きです。TOSHIさんの歌声も素敵です。
20代男性
20代男性
私はこの曲のメロディーが大好きです。特にイントロの「もう一人で歩けない」の部分に絶望に打ちひしがれた一人の男を感じ取ることができ、非常に魅力に感じています。
20代男性
20代男性
初めて買ったCDにこの曲が入ってた思い出の曲。
20代男性
20代男性
圧倒的声量の高音ボイスが好きです。
30代男性
30代男性
昔から好きな曲でしたが、hideの告別式で歌った時、涙が止まらなくなりました。本当にメンバーはhideの事を愛していて今でもYOSHIKIはhideの命日にはコメントを出しているようです。
hideの為に作った曲ではないと思いますが、メンバーの愛が詰まった曲で聞くたびに涙が出そうになります。
30代男性
30代男性
こどもの頃はXJAPANは怖いイメージがあったのですが、歌番組で過去の映像・歌唱を見る機会があり、その中でも代表曲のひとつでもあるforever loveはすごく好きです。あの風貌の人達がしっとりと歌い上げる演奏は圧巻の一言です。
30代男性
30代男性
歌詞がとても好きです。曲の始まりがとても気に入っています。またサビが高音なのですが、そこも聴いていて感動します。しんみりとした曲なのにまた頑張ろうって思えるおすすめの曲です。
40代男性
40代男性
就職氷河期の中で面接までいかないで筆記で落ちたりと、つらい就活をしていた時に、この曲を聞いて自分を奮い立たせてました。辛い苦しい悲しい、光を失いかけた時にこそ、この曲は響きます。
40代男性
40代男性
昔学生時代に、部活の合宿にこの曲のシングルを持ってきた友人がいて、5日間の合宿中ずっとこの一曲を聴き続けていた思い出があります。今でもこの曲を聴くと、学生時代の部活の思い出が蘇ってきて、懐かしいです。
40代男性
40代男性
ゆったりとしたメロディーとともに、歩んできた人生を振り返ることができます。YOSHIKIのピアノも最高で、映像的にも楽しめます。
50代男性
50代男性
Forever Loveって、YOSHIKIのピアノが印象的です。
50代男性
50代男性
実はX JAPANはあまり興味はなかったのですが、あるテレビ番組でYoshikiがピアノで弾いたのを聴き、なんて美しいメロディーだ!と胸を打たれてしまい、大好きな曲になっていまいました。今は自分でも弾けるよう練習しています。たまに浜松に出張に行くときがありますので、新幹線の改札内に設置されている、Yoshikiモデルのスケルトンピアノで弾くことを目標に練習に励んでいます。それくらい、この曲が好きになってしまいました。
60代以上男性
60代以上男性
ハードなイメージのロックですが、この曲は、鎮魂歌として歌われ、「このままそばにいて…」と心に響いてきます。落ち着いて、静かに、過ごしたいときには最高です。
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第3位:ENDLESS RAIN

「ENDLESS RAIN」は1989年12月1日発売の4thシングルです。週間オリコンチャートで3位を記録しました。バラードですが、ライブではみんなで叫ぶようにして歌うのが定番です。

1989年4月21日発売の2ndアルバム「BLUE BLOOD」に収録されています。

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30代女性
30代女性
美しい曲です。歌詞とボイスが心を揺さぶられます。ピアノのスムーズな流れもとても美しく、ずっと聞いていたい曲です。
30代女性
30代女性
YOSHIKIの美しいピアノとTOSHIの優しい歌声がせつなくて心に響く。
30代女性
30代女性
いい曲です。メロディーが切なくなります。けどかっこいいです。知らない人は聴いてみてほしいです。
30代女性
30代女性
xjapanを好きになったきっかけの曲だから。メロディーがきれいで泣ける。
学生時代の友達、アルバイト先の仲間、社会人になってからも職場の同僚たちともカラオケに行った時には必ず歌う一曲でした!X JAPANが好きになったきっかけの一曲でもあります!
30代女性
30代女性
とにかくロックで破天荒なX JAPANなのに、しっとり奏でる、バラードの曲は最高です。
彼らの世の中に対する苦しみや生きづらさ、でもこの世界で生きていかないといけない葛藤。
30代女性
30代女性
メロディーと歌詞とtoshiの歌声がマッチしていて好きです。
40代女性
40代女性
一言で言うと美しい。メロディーが特に好きです。神ですね。
40代女性
40代女性
XJ APANと言えば、あまり音楽を聞いたことのない方だと激しいロックバンドのイメージが強いと思いますが、この曲はしっとりとしたバラードでメロディーや歌詞もとても綺麗な曲です。

ライブでも定番の曲で、曲の途中からオーディエンスも一緒になって歌ったりする人気の曲なのでとても好きです。

40代女性
40代女性
X JAPANにとっては珍しいバラードになりますが、メロディがとにかく美しく歌詩の良さがじんわり伝わってくるので感動してしまいます。ライブの定番曲といっても過言ではない名曲ですよね。
40代女性
40代女性
聴いているだけで涙がでてしまう曲です。
XJAPANのファンというわけでないのに、この曲だけは購入しました。
50代女性
50代女性
自分の信念を貫くために愛を手放して歩きだしたものの、その手放した物の大きさに気付き、打ちひしがれている様があまりにも痛々しく、同時にその若さがあやうく美しい。時が経ってから聴いても、胸に染みる渾身のバラードです。
50代女性
50代女性
YOSHIKIさんが奏でるピアノの音色がとても美しくて、スローテンポからどんどん盛り上がっていくメロディーが大好きです。
30代男性
30代男性
曲がわかりやすく、耳に残りやすいので好きです。カラオケにいっても、高音を出せませんがいつも歌ってしまいたくなる曲。
30代男性
30代男性
雨の日に聞きたくなる心に響くバラード曲で、とにかく美しい曲です。うっとりよいしれるのが良いです。
30代男性
30代男性
私がこの曲を始めて聴いたのは中学校1年生の時です。音楽というものの理解がほとんどありませんでしたが、そんな私でも曲の美しさだけは分かりました。毎日毎晩聴いていました。今聴いてもまったく色あせない私が初めて感銘を受けたバラード曲です。
30代男性
30代男性
ファンと一体感を持って歌える曲だからです。
40代男性
40代男性
暴力的なメタルロック曲が多い中でも異質な、しっとりと聴かせるバラード。落ち込んだ時はいつも聴いて癒されています。
40代男性
40代男性
ピアノがとても印象的でかっこいいです。
40代男性
40代男性
紅と迷ったのですが、曲の雰囲気でこちらを選びました。
40代男性
40代男性
Xのイメージが変わった曲だと思っています。Toshiさんのかすれた優しい歌声に一気に引き込まれていき、本来の高音ボイスへと上がっていく構成は鳥肌ものです。
40代男性
40代男性
ピアノから始まる悲しい旋律が好きだったが、この間の金スマを見て、YOSHIKIの生き様を見て感動し、さらに好きになった。YOSHIKIはずっと父親に向けて曲を書いていたのだろうかと勝手に思った。父親が亡くなって、永遠に消えることのない悲しみを、どうか癒しいてほしい、忘れさせてほしいというのが、とても切なかった。ああいう、人生をかけて表現活動をしているアーティストっていいよね。
50代男性
50代男性
昔、今の妻と遠距離恋愛でつきあっていた頃、駅で別れがたくしているところに、どこからかこの曲が流れてきて、とにかく切ない気持ちになってしまい、こんな悲しい思いを続けるのはもうやめて、結婚しようと思ったからです。結婚して20年経ちますが、今でも仲がいいし、この曲を聴くと、あの時の気持ちを思い出します。
50代男性
50代男性
社会人になり立ての頃、お世話になった先輩がよく歌っていました。「紅」も良いですが、このバラードは何故か心に残ります。その先輩も今では天国へ旅立たれ、X JAPANの思い出の曲となりました。
50代男性
50代男性
ヨシキさんのピアノの音色が素晴らしい。
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X JAPANのエピソード

アルバムはいつ出るの?

X JAPANが再結成してから、新しいアルバムが発売されると言われています。YOSHIKIも「9割完成」と言って期待が高まっていますが、メディアに出るたび「もうすぐ出る」と噂されています。しかし、発売されていないのが現実です。

この背景はX JAPANのコアなファンな方ならご存知だと思いますが、YOSHIKIはかなりの完璧主義で、レコーディングでは何テイクも重ねて、究極の1音を探します。ToshIが道具のように扱われて脱退の原因にもなりました。

また、96年にアルバム「DAHLIA」を発売した時も、かなりの制作時間がかかってレコード会社を怒らせて、YOSHIKIは製作費捻出のためにフェラーリを売ったほどです。

 

このことから分かるように、発売間近に「まだ行ける」と手直しをした結果、永遠に試行錯誤を重ねているのではないでしょうか。また、再結成後はHIDEがいないので、HIDEの音を再現するのにも時間がかかっているはずです。

一方で、バラエティに出演したり、ソロ活動を行ったりするToshIとYOSHIKIの不仲説も再び囁かれていますね。この辺りが改善して、YOSHIKIが納得いった時に発売になるでしょう。

「なぜ?」「いつ?」といった疑問の裏にはいくつかの事情があるのです。

アニソン

実はX JAPANの楽曲はアニメの主題歌にもなっています。

1996年7月8日発売の14thシングル「Forever Love」はアニメ映画「X」の主題歌になりました。また、 2011年5月27日に配信されたシングル「Scarlet Love Song」はアニメ映画「手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-」の主題歌でした。

X JAPANのイメージからすると、アニソンを歌っているのは意外ですね。

TAIJIの脱退理由

脱退エピソード

TAIJIは1992年1月の3日間連続の東京ドーム公演を最後にXを脱退しました。実際には脱退が決定したのは1991年の大晦日の紅白歌合戦の後だと、ドラムのYOSHIKIが後に語っています。

TAIJI脱退の表向きの理由は「音楽性の違い」でした。しかし、これは本当は違うのではないかとファンの間では言われています。

 

TAIJI側は後に自著の中で「バンド内の収入格差に文句を言ったり、YOSHIKIのドラムにダメ出しをしたりしたことで不仲になってしまった」と言っています。

一方のYOSHIKIは自著やテレビで「TAIJIは約束を破ってしまった」と言っています。見事に食い違いがあります。YOSHIKIがテレビでTAIJIの脱退について発言している時は、言葉を濁して言葉選びもかなり慎重だったのが伝わってきました。

 

脱退時期にTAIJIはLOUDNESSのオーディションを受けていて、それがYOSHIKI的には気に入らなかったという説もありますが、一方でYOSHIKIは「TAIJIはXに必要だった」と言っています。

それ以前にもYOSHIKIはTAIJIの要求でギタリストをクビにしたことを考えると、オーディションの一件は目を瞑れる範囲だったのではないでしょうか。

しかし、YOSHIKIがTAIIJIにクビを告げた時には取っ組み合いの喧嘩になったので、おそらく両方が自分の信念を曲げずに正しいと思っていたのが伝わります。

ファンの間で囁かれる本当の脱退理由

ファンの間で一般的になっているのが、TAIJIの薬物による脱退です。当時のXはアメリカのロサンゼルスでレコーディングをしていました。レコーディングはかなり長期で環境に耐えきれないメンバーもいたようです。

後に「ちょっと休暇ができると日本に帰るメンバーもいた」とYOSHIKIも言っています。その辛さやロサンゼルスの環境を考えるとTAIJIが薬物に手を出したのではないかと囁かれているのです。

 

YOSHIKIはロサンゼルスにいる間だけは許していたという噂もありますが、一方で日本に帰国しても薬物依存から抜け出せないメンバーがいた噂もあります。それがひょっとしたらTAIJIではないかという見方があるのです。

TAIJIの自伝が本当ならば、中学時代にシンナーを吸っています。その延長で薬物を断ちきれなかったのかもしれません。

なぜ真実は明らかにならないのか

この脱退理由については今も真実は分かりません。TAIJIはすでに亡くなっていますし、YOSHIKIは「約束を破った」としか言っていません。もし、薬物が事実だったとしてもTAIJIの面子を守るためYOSHIKIはこれから先も口を割ることはないでしょう。

TAIJIを失った悲しみの方が大きいはずですし、TAIJIとは何より和解しています。今さら真実を言って過去のメンバーの非を語るYOSHIKIの姿はファンも見たくないでしょう。YOSHIKIがそこまでしっかり考えているのが伝わってきます。

ファンとしてもあまり深く触れずにソッとしておいた方がいいのかもしれません。

HIDEの死

死因

HIDEは1998年5月2日に死亡しました。死因については正確なことは分かっていません。

HIDEは5月1日に音楽番組の収録をしていました。その後、打ち上げをして泥酔状態になったHIDEを弟でマネージャーの裕士が車で自宅に送りました。

しかし、HIDEは5月2日の朝7時30分頃寝室のドアノブに掛けたタオルに首を吊った状態で発見されました。その後、病院に搬送されますが、死亡が確認されます。

 

HIDEの自殺だと警視庁は断定していますが、弟の裕士はこれを否定しています。理由はHIDEは肩こりに悩んでいてストレッチを行っており、いつものようにストレッチを行っていたが泥酔状態だったため事故を起こしたのではないかと主張しています。

後にYOSHIKIも「HIDEは自殺するような人間ではない」とコメントしています。

HIDEが死亡してからファンが後追いで自殺する人も多くいて、一時期は大変な騒ぎになりました。葬式は築地本願寺で行われて、約5万人が集まりました。現在の墓は神奈川県の三浦霊園にあります。

葬式

HIDEは1998年5月2日に他界しますが、この時、X JAPANのメンバーは解散して心もバラバラでした。

葬式ではYOSHIKIの他に、洗脳されていたToshI、ホームレスだったTAIJIが集まりました。そこで「Forever Love」が演奏されましたが、YOSHIKIとToshIの溝は残ったままでした。

一方で、ホームレスだったTAIJIを見たYOSHIKIは、その姿に驚きTAIJIに200万円を渡します。TAIJIはその資金で入院します。そして、TAIJIは他の人々の助けもあり音楽活動を再開するようになります。

このHIDEの死で、メンバーの心がすぐに変わることはありませんでしたが、再結成後にも大きな影響を与えているのは間違いありません。

ToshIの洗脳騒動

洗脳の始まり

1997年8月、元妻の守谷香(もりたにかおり)が宗教団体のセミナーにToshIを連れて行きます。そこでToshIを洗脳した張本人のMASAYAに出会います。そこはコンサート会場で、MASAYAは歌を歌っていました。

セミナーの全員が感動して涙を流していましたが、ToshIは「変だな」と思う一方、自分だけが感動していないのはおかしいと感じたそうです。

その後、ToshIは別のセミナー参加の同意書などにサインをして団体と契約します。参加費だけで1人7万円でした。このセミナーも怪しい講習ばかりでしたが、ToshIは興味を持つようになります。

ちなみに、この時のセミナー参加者はほぼ全員スタッフで仕組まれたものです。

 

TOSHIはこのセミナーで、「幼い頃から虐待を受けた」「X JAPANは悪」という記憶のすり替えをさせられます。洗脳から解けた後に、「10ヶ月で貯金がなくなるくらいお金をセミナーにつぎ込んでいた」と言っています。

1997年12月31日の解散ライブでは、ToshIは洗脳されて精神状態が歪んだままステージに立ちました。ステージングのぎこちなさはHIDEに助けられて、ToshIは公演をやり遂げることができました。

しかし、1998年の5月にはHIDEが亡くなります。これを機にさらに宗教団体「ホームオブハート」の締め付けが激しくなって地獄のような日々を過ごすことになるのでした。

洗脳からの脱却

ToshIの洗脳は2009年まで続きますが、洗脳を止められるきっかけになったのはX JAPANの再結成です。X JAPANの再結成にあたって、3億円がギャラとして入ることになっていました。

それまで、団体側は「X JAPANは悪だ」と言っていたのにも関わらず、お金の額面を聞いて再結成をToshIに促します。ここでToshIは不信感を抱きました。結果的に再結成をすることになりますが、ToshIにそのお金は入らず生活費は1日500円だったと言います。

昔の知り合いなどの助けもあって、なんとか施設から逃亡して洗脳を解くことができました。

 

現在ではこの洗脳の話を公に語っています。特に「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」に出演した時はこの事について包み隠さず語っていました。ちなみに洗脳の話は本にもなっています。

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まとめ

今回はX JAPANについてご紹介しました。謎の多いビジュアル系ですが、バンドの経歴や作品を通して歴史を知ると、もっとX JAPANが好きになりますね。

ぜひ、参考にしてみてください。

X JAPANの最新情報は以下のサイトでチェックできます。

シングル

順番発売日タイトル
1st1985年6月15日I’LL KILL YOU
2nd1986年4月20日オルガスム
3rd1989年9月1日
4th1989年12月1日ENDLESS RAIN
5th1990年4月21日WEEK END
6th1991年9月11日Silent Jealousy
7th1991年10月25日Standing Sex/Joker
8th1991年12月1日Say Anything
9th1993年11月10日Tears
10th1994年7月10日Rusty Nail
11th1995年8月1日Longing 〜跡切れたmelody〜
12th1995年12月11日Longing 〜切望の夜〜
13th1996年2月26日DAHLIA
14th1996年7月8日Forever Love
15th1996年8月26日CRUCIFY MY LOVE
16th1996年11月18日SCARS
1997年12月18日Forever Love (Last Mix)
17th1998年3月18日THE LAST SONG
18th2008年1月23日I.V.
19th2011年6月8日Scarlet Love Song -BUDDHA Mix-
20th2011年6月28日JADE
21st2015年11月6日BORN TO BE FREE

アルバム

順番発売日タイトル
1st1988年4月14日Vanishing Vision
2nd1989年4月21日BLUE BLOOD
3rd1991年7月1日Jealousy
4th1993年8月25日ART OF LIFE
5th1996年11月4日DAHLIA

ライブアルバム

順番発売日タイトル
1st1995年1月1日破滅に向かって (CD EDITION) 1992.1.7 TOKYO DOME LIVE
2nd1997年10月15日LIVE LIVE LIVE TOKYO DOME 1993-1996
3rd1997年11月5日Live Live Live Extra
4th1998年1月21日LIVE IN HOKKAIDO 1995.12.4 BOOTLEG
5th1998年3月18日Art of life live
6th2001年5月30日The Last Live

ベストアルバム

順番発売日タイトル
1st1993年11月21日X SINGLES
2nd1996年3月21日B.O.X 〜Best of X〜
3rd1997年12月19日BALLAD COLLECTION
4th1997年12月25日Singles 〜Atlantic Years〜
5th1999年1月30日STAR BOX
6th1999年2月24日PERFECT BEST
7th2001年12月19日X JAPAN BEST 〜FAN’S SELECTION〜
8th2014年6月17日THE WORLD 〜X JAPAN 初の全世界ベスト〜

映像作品

発売日タイトル
1988年8月XCLAMATION
1989年6月1日BLUE BLOOD TOUR 爆発寸前GIG
1989年12月31日刺激! VISUAL SHOCK Vol. 2
1990年9月1日VISUAL SHOCK Vol. 2.5 CELEBRATION
1991年9月30日VISUAL SHOCK Vol. 3 刺激² -夢の中にだけ生きて-
1991年12月21日VISUAL SHOCK Vol. 3.5 Say Anything
1992年11月1日VISUAL SHOCK Vol. 4 破滅に向かって
1995年1月1日X CLIPS
1997年1月1日DAHLIA THE VIDEO VISUAL SHOCK #5 PART I
1997年3月5日DAHLIA THE VIDEO VISUAL SHOCK #5 PART II
1997年10月29日DAHLIA TOUR FINAL 1996
2001年10月24日X JAPAN CLIPS II
2002年3月29日THE LAST LIVE VIDEO
2003年9月24日ART OF LIFE – 1993.12.31 TOKYO DOME
2007年7月25日青い夜 完全版
2007年7月25日白い夜 完全版
2008年2月29日X JAPAN RETURNS 完全版 1993.12.30
2008年2月29日X JAPAN RETURNS 完全版 1993.12.31
2010年9月6日X JAPAN Showcase in L.A. Premium Prototype
2011年10月26日The Last Live 完全版
2011年12月21日DAHLIA TOUR FINAL 完全版

ボックスセット

発売日タイトル
1996年3月21日B.O.X 〜Best of X〜
1997年12月25日Special Box
1997年12月25日Single Box
1998年10月24日Gold Disc Monument
1998年10月24日Single System Organizer
1998年10月24日Neo Max Gold Disc Version
2005年10月1日X JAPAN COMPLETE II
2007年7月25日青い夜 白い夜 完全版 DVD-BOX
2008年2月29日X JAPAN RETURNS 完全版 DVD-BOX
2008年7月23日X VISUAL SHOCK DVD-BOX
2011年10月26日X JAPAN THE LAST LIVE 完全版初回限定コレクターズBOX
2011年12月21日X JAPAN DAHLIA TOUR FINAL 完全版初回限定コレクターズBOX

ライブ

タイトル公演規模・会場
1982千葉県立安房高校文化祭LIVE千葉県立安房高校
1983千葉県立安房高校文化祭LIVE千葉県立安房高校
LIVE千葉県内
1984LIVE東京都内
5TH JAPAN HEAVY METAL FANTASY5月27日 大阪野外音楽堂
1985LIVE5会場全8公演

2月25日 神楽坂EXPLOSION
3月24日 新宿HEAD POWER
5月20日 渋谷屋根裏
6月11日 目黒鹿鳴館[注 5] 6月17日 四谷FOUR VALLEY
6月20日 渋谷屋根裏[注 6] 6月26日 神楽坂EXPLOSION
6月29日 神楽坂EXPLOSION

TERRY&EDDIE LAST GIG [注 7]10月4日 神楽坂EXPLOSION
YOSHIKI BIRTHDAY GIG11月20日 目黒鹿鳴館
LIVE [注 8]12月3日 目黒鹿鳴館
1986LIVE4会場全4公演

1月10日 四谷FOUR VALLEY[注 9] 1月31日 神楽坂EXPLOSION
4月2日 渋谷LA-MAMA
4月6日 千葉TADAYA

「ORGASM」発売記念GIG2会場全2公演

4月10日 横浜7TH AVENUE
4月12日 浦和NARCISS

関西TOUR6会場全6公演

5月13日 大阪BAHAMA
5月14日 枚方ブロウダウン
5月15日 大阪CANDY HALL
5月17日 大阪YANTA鹿鳴館
5月18日 大阪堺JURI
5月19日 東大阪CENSUS HALL

LIVE6月5日 渋谷LA-MAMA
6月8日 国分寺MORGANA[注 10] 6月19日 目黒鹿鳴館
6月20日 浦和NARCISS
7月25日 神楽坂EXPLOSION
7月30日 筑波29BAR
8月2日 大阪布施CENSUS HALL
8月10日 松戸STAGE V
8月14日 目黒鹿鳴館
8月16日 函館あうん堂
8月18日 札幌STUDIO MESSE
8月20日 旭川STUDIO 9
8月23日 夕焼けまつり
9月5日 浦和NARCISS
9月9日 渋谷LA-MAMA
9月20日 浦和市民会館
10月6日 大阪布施CENCUS HALL
10月8日 大阪CANDY HALL
10月25日 目黒鹿鳴館[注 11] 11月6日 大阪SENCUS HALL
11月12日 目黒LIVE STATION
爆発寸前大暴れGIG [注 12]11月16日 目黒鹿鳴館
LIVE11月24日 大宮FREAKS
12月29日 大阪CANDY HALL
ALL NIGHT GIG「SUPER-METAL REVOLUTION VOL.2-ROCK THROUGH THE NIGHT-」[注 13]12月30日 大阪CANDY HALL
1987爆発寸前撮影GIG[注 14]4月10日 神楽坂EXPLOSION
「SKULL THRASH ZONE」発売記念GIG2会場全2公演

4月14日 豊島公会堂
5月17日 名古屋FLEX HALL

INTERNATIONAL POPULAR MUSIC FESTIVAL BAND EXPLOSION ’876月7日 館山商工会館
ONEMAN GIG7月25日 目黒LIVE STATION
Xclamation無料配布GIG2会場全2公演

8月6日 大阪BOURBON HOUSE
8月29日 目黒鹿鳴館

ROCK MONSTER AUGUST8月30日 スポーツバレー京都
1987 WINK TOUR5会場全6公演

11月23日、24日 目黒鹿鳴館
11月29日 大阪BOURBON HOUSE
11月30日 神戸CHICKEN GEORGE
12月2日 京都VIVRE HALL
12月3日 豊橋かごやホール

CBS/SONY AUDITION ’87 決戦大会44191
HEAVY METAL DAYS EXTRA12月23日 埼玉会館大ホール
DAYNAMITE YEAR END PARTY12月29日 目黒LIVE STATION
ALL NIGHT METAL PARTY ’87 to ’8812月31日 目黒鹿鳴館
1988
METAL INDIES 21月10日 中野公会堂
VANISHING TOUR ’88 SPRING7会場全7公演

3月22日 豊橋かごやホール
3月24日 広島WOODY STREET
3月26日 神戸FISHDANCE HALL
3月28日 京都BIG BANG
3月30日 大宮FREAKS’
4月2日 前橋RATTAN
4月3日 新宿SF LIVE THEATER

VANISHING TOUR SPECIAL2会場全2公演

5月5日 東京中野公会堂
6月10日 大阪御堂会館

VANISHING TOUR VOL.219会場全23公演

6月2日、3日 目黒鹿鳴館
6月6日、7日 渋谷EGG-MAN
6月13日、14日 広島WOODY STREET
6月16日 小倉IN & OUT
6月17日 福岡徒楽夢Be-1
6月19日 松山CRAZY HORSE
6月29日 前橋RATTAN
7月1日 横浜 7th AVENUE
7月2日 大宮FREAKS’
7月4日 名古屋FLEX HALL
7月5日 豊橋かごやホール
7月7日 沼津松乃ホール
7月16日 金沢VANVAN V4
7月17日 新潟WOODY
7月19日 仙台FORUS MORNINGMOON STUDIO
7月20日 青森FREE SPACE 1/3
7月22日、23日 札幌MESSE HALL
7月25日 旭川STUDIO9マチイホール
7月26日 北見夕焼けまつり

HEAVY METAL DAYS VOL.78月27日 埼玉会館
X at SPORTS VALLEY KYOTO9月4日 スポーツバレー京都
第1回 EXTASY SUMMIT9月30日 大阪BOURBON HOUSE
BURN OUT TOUR ’88 OCT.9会場全12公演

10月8日 大宮FREAKS’
10月9日 豊橋かごやホール
10月11日、12日 大阪BOURBON HAUSE
10月14日 福岡徒楽夢Be-1
10月18日 名古屋ハートランドスタジオ
10月20日 仙台CAD HALL
10月22日 秋田FORUS MORNINGMOON STUDIO
10月23日、24日、25日 札幌MESSE HALL
10月30日 川崎CLUB CITTA’

VIDEO CONCERT2会場全2公演

10月15日 熊本YELLOW STUDIO
10月16日 広島並木PARAIST

EXTASY SUMMIT11月6日 目黒鹿鳴館
STREET FIGHTING MEN11月12日 MZA有明
ALL NIGHT METAL PARTY ’88 to ’8912月31日 目黒鹿鳴館
1989BLUE BLOOD TOUR14会場全14公演

3月13日 群馬県民会館小ホール
3月16日 渋谷公会堂
4月22日 川崎CLUB CITTA’
4月25日 大阪厚生年金会館中ホール
4月26日 広島県民文化センター
4月28日 熊本郵便貯金会館
4月29日 福岡都久志会館
5月6日 イズミティ21小ホール
5月8日 札幌道新ホール
5月10日 青森市民文化ホール
6月3日 長野NBSホール
6月7日 金沢教育会館
6月10日 日比谷野外音楽堂
6月13日 新潟市音楽文化会館

MM CLUB3月17日 渋谷公会堂
THE 4TH FLOWER FESTIVAL X COMIN HOME.帰って行くぜ!気合いを入れて待ってろよ!3月25日 館山FAMILY PARK
CLUB WONDERLAND3月29日 INK STICK芝浦Factory
5時SAT ROCK WAVE ’894月30日 ナガシマスパーランド
ジャンボ海水プール特設ステージ
EXTASY SUMMIT VOL.II5月2日 目黒鹿鳴館
BLUE BLOOD TOUR SPECIAL BIG GIG2会場全2公演

6月5日 愛知県勤労会館
6月6日 大阪厚生年金会館中ホール

HEAVY METAL DAYS VOL.87月22日 埼玉会館 (シークレットゲスト)
JR東日本 POP ROCKETS ’897月30日 湯沢町中央公園野球場
Kirin Sound TogetherPOP. HILL ’898月12日 石川県森林公園
THE ROCK KIDS ’898月19日 富士急ハイランド・コニファーフォレスト
Rock’n roll Olympic’898月20日 スポーツランドSUGO
SECRET GIG 大魔神五人組8月28日 大阪a.m.HALL
EXTASY SUMMIT in ClubHouse8月29日 目黒鹿鳴館
ROCK MONSTER “X” SPECIAL9月17日 スポーツバレー京都
EXTASY SUMMIT SPECIAL 〜場外乱闘篇〜9月28日 渋谷公会堂
ENFENT TERRIBLE 〜怖るべき子供達〜[注 15]12月3日 品川寺田倉庫F号
EXTASY SUMMIT12月30日 目黒鹿鳴館
1989
1990
Rose & Blood Tour31会場全35公演

9月29日 浦和市民文化センター
10月1日 仙台電力ホール
10月2日 盛岡教育会館
10月4日 山形県県民会館
10月5日 秋田県児童会館
10月10日 大阪厚生年金会館
10月12日 川崎産業文化会館(現在の名称「川崎市教育文化会館」)
10月14日 栃木会館大ホール
10月19日 岡山市民文化ホール
10月21日 神戸文化大ホール
10月26日 熊本郵便貯金ホール
10月27日 長崎市平和会館
10月30日 福岡ももちパレス
(YOSHIKI体調不良により延期)
10月31日 広島郵便貯金会館ホール
11月2日 愛媛県民文化会館サブホール
11月5日 名古屋市公会堂
11月7日 群馬音楽センター
11月8日 水戸市民会館
(ドラムソロ直前にYOSHIKIが倒れ中断、振替)
11月11日 長野県民文化会館中ホール
11月13日 富山県民会館
11月14日 福井県民会館(延期)
11月16日 静岡市民文化会館(延期)
11月22日 渋谷公会堂
(YOSHIKIの過労性神経循環無力症で以下ツアー延期決定。)
11月23日 渋谷公会堂
11月25日 青森市文化会館
11月27日 札幌市民会館
11月29日 郡山市民文化センター
12月21日 名古屋市公会堂
12月22日 石川厚生年金会館
12月24日 新潟産業センター
12月26日、27日 渋谷公会堂

1990年
2月4日 日本武道館(復活公演)
3月6日 渋谷公会堂
3月9日 名古屋市公会堂
3月15日 静岡県民文化会館
3月19日 水戸市民会館
3月23日 郡山市民文化センター
3月28日 新潟産業文化センター
4月2日 福井市文化会館
4月4日 石川厚生年金会館
4月9日 札幌市民文化会館
4月11日 青森市文化会館
4月17日 福岡ももちパレス
4月20日 福岡市民会館
5月7日、9日 日本武道館(12月26日、27日の振替)
TOUR FINAL
5月17日 大阪城ホール

19905時SAT ROCK WAVE ’904月29日 名古屋庄内緑地公園陸上競技場
LIVE TOMATO1会場全2公演

4月22日 川崎CLUB CITTA’
5月30日 川崎CLUB CITTA’

1990 X FILM GIGS 〜血と薔薇にまみれて〜1会場全2公演

12月8日、9日 東京ベイNKホール
入場者全員にクロマツの種入りMESSAGE CD(黒缶)配布。

1991X FILM GIGS 〜血と薔薇にまみれて〜37会場全39公演

2月2日 青森市民文化会館
2月3日 岩手教育会館
2月4日 秋田産業会館
2月7日 浦和市文化センター
2月10日 長野市民会館
2月11日 松本社会文化会館
2月12日 山梨県民会館
2月15日 福島市公会堂
2月16日 仙台イズミティ21
2月17日 栃木会館
2月18日 水戸市民会館
2月20日 宮崎MRTホール
2月21日 鹿児島市民文化会館
2月22日 長崎市民会館
2月23日 大分農業会館
2月25日 メルパルクホール熊本
2月26日 メルパルクホール福岡
3月1日 新潟県民会館
3月2日 富山県民会館
3月3日 石川厚生年金会館
3月5日 福井市文化会館
3月7日 高松市民会館
3月8日 愛媛県民文化会館
3月10日 高知RKCホール
3月11日 徳島県郷土文化会館
3月13日 京都会館第2ホール
3月14日 神戸国際会館
3月15日 静岡市民文化会館
3月18日 札幌市民会館
3月19日 旭川市公会堂
3月20日 北見経済センター
3月22日 大阪厚生年金会館
3月23日 名古屋市公会堂
3月25日 徳山市民文化会館
3月26日 岡山市民文化会館
3月28日 広島メルパルクホール
4月6日 川崎CLUB CITTA’ (3回公演)
入場者全員にキタヤマスギの種入りMESSAGE CD(赤缶)配布。

JT SUPER SOUND ’91 Have a Joyful Time7月31日 鬼首高原 仙台リゾートパーク・オニコウベ
CUP NOODLE 20th ANNIVERSARY HOT GIGS
Violence In Jealousy Tour 1991 〜夢の中にだけ生きて〜
9会場全16公演

8月6日、8日 新潟市産業振興センター
8月15日、16日 福岡国際センター
8月23日 東京ドーム
9月8日、9日 名古屋市総合体育館レインボーホール
9月14日、15日 大阪城ホール
9月24日 広島サンプラザ
9月28日 真駒内アイスアリーナ
10月5日 盛岡市アイスアリーナ
10月24日、25日 横浜アリーナ[注 16] 11月12日、13日 横浜アリーナ

X PRODUCE 〜何が起こるか分からない。Xがパワステを借り切った!1会場全3公演

10月17日 「Xと仲間達」 日清パワーステーション
10月18日 「静かなX」 日清パワーステーション
10月19日 「変なX」 日清パワーステーション

EXTASY SUMMIT 1991 “無敵と書いてエクスタシーと読む。無謀と書いてYOSHIKIと読む。”10月29日 日本武道館
SECRET GIG11月17日 渋谷EGG-MAN
X, 遂にフル・オーケストラと共演 X with オーケストラ12月8日 NHKホール
これで最後か!? Violence In Jealousy Tour 1991 Final FILM GIG SPECIAL12月20日 日本武道館
ALL NIGHT METAL PARTY ’91 to ’9212月31日 目黒鹿鳴館
1992東京ドーム3DAYS 〜破滅に向かって〜1会場全3公演

1月5日 東京ドーム
1月6日 東京ドーム
1月7日 東京ドーム

Fool’s MATE&Rockin On Japan Presents YOSHIKI TALK LIVEat 日本武道館7月30日 日本武道館
EXTASY FAN CLUB 無敵 PRESENTS
EXTASY SUMMIT 1992みんな無名だった、だけど…無敵だった
2会場全2公演

10月29日 大阪城ホール
10月31日 日本武道館

1993LAWSON PRESENTS X JAPAN FILM GIGS 1993 〜VISUAL SHOCK 攻撃再開〜全47公演

7月1日 調布市グリーンホール
7月2日 千葉県文化会館大ホール
7月5日 山梨県立県民文化ホール小ホール
7月6日 長野県県民文化会館中ホール
7月7日 長野県松本文化会館中ホール
7月9日 高松市民会館
7月10日 愛媛県県民文化会館サブホール
7月12日 鹿児島谷山サザンホール
7月13日 福岡電気ホール
7月14日 長崎平和会館
7月16日 熊本県立劇場演劇ホール
7月17日 大分県農業会館
7月19日 広島アステールプラザ大ホール
7月21日 和歌山市民会館
7月23日 山形県県民会館
7月24日 新潟フェイズ
7月25日 新潟フェイズ
7月27日 埼玉会館大ホール
7月28日 豊橋勤労福祉会館
7月29日 名古屋市民会館
7月30日 福井県民会館
8月2日 金沢市文化ホール
8月3日 富山県教育会館
8月5日 市川市文化会館
8月6日 栃木県総合文化センター
8月7日 神奈川県民ホール
8月8日 厚木市文化会館
8月10日 静岡市民文化会館
8月11日 浜松市民会館
8月12日 京都会館第二ホール
8月13日 奈良県文化会館
8月14日 岡崎市文化ホール
8月16日 渋谷公会堂
8月20日 青森市民文化ホール
8月21日 盛岡劇場
8月22日 秋田県児童会館
8月23日 弘前文化センター
8月25日 札幌市民会館
8月27日 郡山市民文化センター
8月28日 仙台イズミティ21
8月30日 横須賀市文化会館
8月31日 水戸市民会館
9月3日 群馬音楽センター
9月6日 神戸国際会館
9月7日 大阪サンケイホール
9月8日 大阪サンケイホール
9月10日 四日市市文化会館

LAWSON SPECIAL X JAPAN FILM GIGS 〜VISUAL SHOCK 攻撃再開〜7会場全7公演

9月24日 福岡サンパレス
9月28日 仙台サンプラザ
10月1日 名古屋市総合体育館レインボーホール
10月4日 広島アステールプラザ
10月12日 大阪城ホール
10月14日 日本武道館
10月19日 札幌市民会館

MUSIC STATION Special SUPER LIVE9312月24日 東京ベイNKホール
新型エックス第1弾 日本直撃カウントダウン X JAPAN RETURNS1会場全2公演

12月30日、31日 東京ドーム

1994GME ’94 〜21世紀への音楽遺産をめざして〜 AONIYOSHI1会場全3公演中2公演

5月21日、22日 東大寺大仏殿前庭

Act Against AIDS ’9412月1日 恵比寿ザ・ガーデンホール
MUSIC STATION Special SUPER LIVE94(中継参加)12月30日 東京ベイNKホール
SEGA SATURN PRESENTS

X JAPAN TOKYO DOME 2DAYS青い夜/白い夜

1会場全2公演

12月30日 「青い夜」 東京ドーム
12月31日 「白い夜」 東京ドーム

1995X JAPAN PRESENTS KOBE RETURNS12月24日 大阪城ホール
MUSIC STATION Special SUPER LIVE9512月29日 東京ベイNKホール
1995
1996
DAHLIA TOUR 1995-19967会場全11公演

11月29日 山形市総合スポーツセンター
12月3日、4日 月寒グリーンドーム
12月20日、21日 仙台市体育館
12月30日、31日 東京ドーム

1996年
1月14日 福岡ドーム(延期)
1月31日 広島グリーンアリーナ
2月7日、8日 新潟市産業振興センター
2月23日、24日 大阪城ホール
3月13日 名古屋市総合体育館レインボーホール
(YOSHIKIが頸椎椎間板ヘルニアを発症、以降のツアー中止。)
3月14日名古屋レインボーホール
3月23日 福岡ドーム
3月27日、28日、30日 横浜アリーナ

1996「Forever Love」発売記念七夕イベント7月7日 原宿
「HEY!HEY!HEY!」公開収録12月14日 レモンスタジオ
Asia Live Super Concert Asian Dream12月16日 NHKホール
MUSIC STATION Special SUPER LIVE9612月27日 東京ベイNKホール
DAHLIA TOUR FINAL 1996 TOKYO DOME 2DAYS1会場全2公演

12月30日 「復活の夜」 東京ドーム
12月31日 「無謀な夜」 東京ドーム

1997MUSIC STATION Special SUPER LIVE9712月26日 東京ベイNKホール
THE LAST LIVE〜最後の夜〜12月31日 東京ドーム
1998故 hide儀 告別式5月7日 築地本願寺
1999EXTASY RECORD新年会2月4日 川崎CLUB CITTA’
2000EXTASY NIGHT VOL 111月16日 渋谷ON AIR EAST
2002EXTASY NIGHT VOL 21月28日 原宿ASTRO HALL
X JAPAN FILM GIG 〜X JAPANの軌跡〜11会場全12公演

1月13日 大宮ソニックシティ
1月14日 広島アステールプラザ
1月15日 福岡市民会館
1月16日 大阪厚生年金会館
1月18日 札幌市民会館
1月20日 仙台イズミティ21
1月22日 新潟テルサ
1月24日 名古屋市民会館
1月26日、27日 東京国際フォーラムホールA
2月3日 Cafe Le PSYENCE
2月23日 韓国 SEOUL’88 体育館

X JAPAN FILM GIG 〜X JAPANの軌跡〜 VERSION21会場全2公演

4月20日、21日 東京ベイNKホール

2003X JAPAN FILM GIG ’03 featuring ART OF LIFE9月21日 日本武道館
2007「I.V.」PV撮影10月22日 アクアシティお台場
2008TALK LIVE1月20日 タワーレコード渋谷店
X JAPAN 攻撃再開 2008 I.V. 〜破滅に向かって〜1会場全3公演

3月28日 「破壊の夜」 東京ドーム
3月29日 「無謀な夜」 東京ドーム
3月30日 「創造の夜」 東京ドーム

hide memorial summit5月4日 東京スタジアム(味の素スタジアム)
JAPAN EXPO 20087月5日 フランス ノールヴィルパント展示会場
YOSHIKI Jewelry Secret Party 200812月26日 東京都内
X JAPAN COUNTDOWN GIG 〜初心に帰って〜12月31日 赤坂BLITZ
2009X JAPAN WORLD TOUR LIVE IN HONG KONG1会場全2公演
破壊の夜 Extra1月16日 香港 ASIA WORLD EXPO破壊の夜 in HONG KONG1月17日 香港 ASIA WORLD EXPO
映画「レッド クリフⅡ」試写会4月5日 東京ビッグサイト
X JAPAN WORLD TOUR Live in TOKYO 〜攻撃続行中〜1会場全2公演

5月2日 「無敵な夜」 東京ドーム
5月3日 「18回目の夜〜SPECIAL」 東京ドーム

X JAPAN WORLD TOUR Live in TAIPEI 「本当にやる夜」5月30日 中華民国 臺北縣立板橋體育場
X JAPAN FILM GIG 〜鈴鹿の夜〜8月22日 鈴鹿サーキット
ヘルプ・アズ・ワン9月1日 アメリカ合衆国 ロサンゼルス
2010X JAPAN MUSIC VIDEO SHOOTING in Hollywood4会場全7公演

1月6日 アメリカ合衆国 L.A.センタースタジオ
1月7日 アメリカ合衆国 L.A.シアター
1月8日 アメリカ合衆国 L.A.シアター
1月9日 アメリカ合衆国コダックシアター
1月12日 アメリカ合衆国ロサンゼルス
1月13日 アメリカ合衆国ロサンゼルス
1月14日 アメリカ合衆国ロサンゼルス

Toshl LAST CONCERT”武士JAPAN”2月24日 赤坂BLITZ
Anime in Chicago 20105月15日 アメリカ合衆国シカゴ
THE YOSHIKI FOUNDATION AMERICA KICKOFF PARTY7月1日 アメリカ合衆国クラブノキア
JAPAN EXPO 20107月4日 フランス ノールヴィルパント展示会場
「FEVER X JAPAN」」プレミアム試打会7月28日 東京ドームプリズムホール
ロラパルーザ 20108月8日 アメリカ合衆国グラント・パーク
X JAPAN WORLD TOUR Live in YOKOHAMA 超強行突破 七転八起 〜世界に向かって〜1会場全2公演

8月14日 「再会の夜」 横浜国際総合競技場(日産スタジアム)
8月15日 「真夏の夜」 横浜国際総合競技場(日産スタジアム)

X JAPAN WORLD TOUR Live 2010 North American Tour7会場全7公演

9月25日 アメリカ合衆国ウィルターン・シアター
9月28日 アメリカ合衆国フォックス・シアター
10月1日 アメリカ合衆国パラマウント・シアター(英語版)
10月3日 カナダクイーン・エリザベス・シアター
10月6日 アメリカ合衆国 リヴィエラ・シアター
10月7日 カナダマッセイ・ホール
10月10日 ローズランド・ボールルーム

2011ASIA GIRLS EXPLOSION3月6日 国立代々木競技場第一体育館
X JAPAN WORLD TOUR Live 2011 European Tour4会場全4公演

6月28日 イギリスシェパーズ・ブッシュ・エンパイア
7月1日 フランスLe Zenith
7月2日 オランダTivoli
7月4日 ドイツ Columbiahalle

サマーソニック 20112会場全2公演

8月13日 舞洲サマーソニック大阪特設会場
8月14日 千葉マリンスタジアム(QVCマリンフィールド)&幕張メッセ

a-nation 10th Anniversary for Life Charge & Go! ウイダーinゼリー8月27日 東京スタジアム(味の素スタジアム)
X JAPAN WORLD TOUR Live 2011 South American Tour5会場全5公演

9月9日 チリTeatro Caupolican
9月11日 ブラジル HSBC Brasil(現名・Tom Brasil)
9月14日 アルゼンチンTeatro Colegiales(現名・Teatro Vorterix)
9月16日 ペルー Scencia Hall
9月18日 メキシコCirco Volador

X JAPAN WORLD TOUR Live 2011 Southeast Asian Tour5会場全5公演

10月28日 韓国オリンピック第1体育館
10月30日 中華人民共和国上海体育館
11月2日香港MasterCard Center
11月4日 香港Asia World-Expo
11月6日 台湾TWTC Nangang Exhibition Hall
11月8日 タイインパクト・アリーナ

2013X JAPAN×ニコ生SP~24 時間攻撃続行中~ YOSHIKI がニコファーレに降臨!!!9月27日 ニコファーレ
9月28日 ニコファーレ
2014YOSHIKI CLASSICAL WORLD TOUR 2014 PART14月28日 アメリカ合衆国Davies Hall
Otakon 20148月10日 アメリカ合衆国ボルチモア
ゲリラライブ8月17日 新宿ステーションスクエア
X JAPAN LIVE AT YOKOHAMA ARENA1会場全2公演

9月30日 横浜アリーナ
10月1日 横浜アリーナ

X JAPAN LIVE AT MADISON SQUARE GARDEN10月11日 マディソン・スクエア・ガーデン
MUSIC STATION SUPER LIVE 201412月26日 幕張メッセ
2015LUNATIC FEST.6月27日 幕張メッセ
HYPER JAPAN Festival 20157月11日 イギリス Tobacco Dock
30年目突入!史上初の10時間SP MUSIC STATION ウルトラFES9月23日 テレビ朝日第1スタジオ
テレビ朝日ドリームフェスティバル201511月23日 国立代々木第一体育館
X JAPAN JAPAN TOUR 20156会場全10公演

11月28日 石巻BLUE RESISTANCE
12月1日 横浜アリーナ
12月2日 横浜アリーナ
12月3日 横浜アリーナ
12月4日 横浜アリーナ
12月7日 大阪城ホール
12月9日 マリンメッセ福岡
12月11日 広島グリーンアリーナ
12月14日 名古屋市総合体育館(日本ガイシホール)
12月15日 名古屋市総合体育館(日本ガイシホール)

MUSIC STATION SUPER LIVE 201512月25日 幕張メッセ
2016VISUAL JAPAN SUMMIT 20161会場全3公演

10月14日 幕張メッセ
10月15日 幕張メッセ
10月16日 幕張メッセ

SONGS収録観覧12月3日 NHK101スタジオ
MUSIC STATION SUPER LIVE 201612月23日 幕張メッセ
2017WE ARE X ジャパンプレミア2月23日 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
X JAPAN LIVE 2017 at the WEMBLEY Arena in LONDON3月4日 イギリスウェンブリーアリーナ
X JAPAN WORLD TOUR 2017 WE ARE X Acoustic Special Miracle〜奇跡の夜〜 6DAYS2会場全6公演

7月11日 大阪城ホール
7月12日 大阪城ホール
7月14日 横浜アリーナ
7月15日 横浜アリーナ
7月16日 横浜アリーナ
7月17日 横浜アリーナ

「WE ARE X」PREMIERE TOUR IN EUROPE 2017[注 17]10会場全10公演

10月12日 ドイツベルリン
10月13日 イタリアローマ
10月14日 イタリアフィレンツェ
10月15日 オーストリアウィーン
10月16日 オランダアムステルダム
10月17日 ノルウェーオスロ
10月18日 フィンランドヘルシンキ
10月19日 スウェーデンストックホルム
10月20日 イギリスロンドン
10月21日アイスランドレイキャヴィク
(YOSHIKIが倒れてキャンセル)
10月24日 フランスパリ

NHK WORLD presents SONGS OF TOKYO11月26日 NHKホール
MUSIC STATION SUPER LIVE 201712月22日 幕張メッセ
一夜限りの『WE ARE X』’mas 上映会12月25日 TOHO シネマズ 六本木ヒルズ
2018「WE ARE X」PREMIERE TOUR IN RUSSIA 20182会場全2公演

1月29日 ロシアモスクワ
1月31日 ロシアサンクトペテルブルク

XJAPAN復活10周年記念 XJAPANLIVE2018 アメリカフェス出演直前 PREMIUM GIGS 〜YOSHIKI復活の夜〜1会場2公演

4月10日 Zepp Divercity
4月11日 Zepp Divercity

Coachella 20181会場6公演中2公演

4月14日 アメリカ合衆国コーチェラ・ヴァレー
4月21日 アメリカ合衆国コーチェラ・ヴァレー

テレビ朝日ドリームフェスティバル20181会場3公演中1公演

9月15日 幕張メッセ

X JAPAN Live 日本公演 2018〜紅に染まった夜〜 Makuhari Messe 3Days1会場全3公演

9月28日 幕張メッセ
9月29日 幕張メッセ
9月30日 幕張メッセ
(台風の為、中止。無観客公演でその模様をYOSHIKI CHANNELにて全編放送。)

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アン・ジュオ2世
アン・ジュオ2世
V系を愛して十数年。ドラマ「IWGP」を見てギター片手に上京。「BLUEVARY COSMOS」というバンドに所属していました。
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