ロックにこんにちは。みなさんは、ビジュアル系の音楽をいつも楽しんでいますか。
今回はピアノも弾ける元祖V系ドラマー、X JAPAN(エックスジャパン)のYOSHIKIについてご紹介します。
YOSHIKIのプロフィール
YOSHIKIの基本情報
名前 | YOSHIKI、白鳥瞳、五十嵐美由姫など |
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担当 | ドラム |
愛称 | よしきさん、よっちゃん |
本名 | 林佳樹(はやしよしき) |
生年月日 | 1965年11月20日 |
血液型 | B型 |
身長 | 175cm |
出身地 | 千葉県館山市 |
性格 | 完璧主義、やんちゃ |
好きなもの | ラーメン、寿司、甘いものなど |
嫌いなもの | 肉、卵、牛乳 |
所属事務所 | ジャパンミュージックエージェンシー YSKエンタテイメント・ウィリアム モリス・エンデヴァー |
家族構成 | 2人兄弟の長男 |
影響を受けたアーティスト | KISSなど |
YOSHIKIはX JAPANのドラマー、ピアニスト、作詞作曲家です。日本でビジュアル系のジャンルを創設したとも言われている伝説の人物です。作詞をする時に別の名前の「白鳥瞳(しらとりひとみ)」「五十嵐美由姫(いがらしみゆき)」などを使います。
生年月日は1965年11月20日で、年齢は57歳です。YOSHIKIの本名は「林佳樹(はやしよしき)」で身長は175cmのB型です。少し大きめですね。
また、ソロ活動では音楽活動を中心にさまざまなプロデュース業を行っています。
YOSHIKの性格は音楽のことになると完璧主義者になると言われていて、それ以外のファンと絡む場面では自由奔放な面もあって振れ幅が大きい人物です。
そして、YOSHIKIには好きな食べ物もありますが、かなり食事を自分でストイックに制限しています。基本的に炭水化物は食べないと言っているので、口にする物は限られています。
しかし、何かの拍子でYOSHIKIが好きなお菓子やラーメンなどを口にしてしまうこともあります。その際は押さえきれずに気持ち悪くなるくらいまで食べるそうです。なんともYOSHIKIらしいですね。
I’m back in LA! Broke my diet.. I ate so much #Ramen on the plane..I need to work out a lot tomorrow..
ロスに戻ってきた!
ダイエットの反動で飛行機の中でラーメン食べ過ぎた。。気持ち悪くなるまで食べてしまった(笑)
明日たくさん運動しないと。。#爆食いhttps://t.co/PHzEXArIBL— Yoshiki (@YoshikiOfficial) September 4, 2018
YOSHIKIのSNS情報
YOSHIKIはInstagram、Twitter、YouTube、Facebook、ブログをやっています。特によく更新しているのはTwitterとInstagramですね。
Twitterでは英語と日本語で呟いていて、YOSHIKIの海外ファンに対する配慮が伺えます。
バンド経歴
- DYNAMATE(YOSHIKI)
- NOISE(YOSHIKI)
- X/X JAPAN(YOSHIKI)
YOSHIKIのバンドの経歴はこのようになっています。
生い立ちから中学時代まで
YOSHIKIは千葉県館山市出身です。実家は呉服店で2人兄弟の長男として生まれました。実家は呉服店を営む一方、音楽一家でもありました。特に父親はジャズピアノをプレイすることに加えて、プロのタップダンサーでもありました。
ちなみに、YOSHIKIの弟は「林 光樹 (はやし こうき)」という名前で俳優デビューしています。後に林光樹は体操選手の松野ちかと結婚しています。
YOSHIKIの家庭は裕福で家に家政婦もいました。その家政婦に面倒を見られてYOSHIKIは育ちます。YOSHIKIが4歳の時にはすでにピアノを購入してもらって、レッスンを受け始めます。
一方で、幼い頃は今のパワフルなドラミングの姿とは対照的に体が弱くてぜんそくの症状がありました。
YOSHIKIは9歳からピアノを使って作曲を始めます。それからブラスバンドに所属してトランペットを14歳まで演奏します。しかし、文化的な子どもなわけでなく、中高はサッカー部にも所属していました。
また、なぜトランペットを始めたのかというと父親の影響です。10歳の時に父親からトランペットを買ってもらったことがきっかけでした。父親は毎年の誕生日プレゼントとして、YOSHIKIに楽器をプレゼントしていました。
しかし、YOSHIKIが11歳の時に父親が自殺します。当時のYOSHIKIにはかなり精神的なショックが大きかったのでしょう。X JAPANとして成功してからもテレビで父親の死について語ることが多く、その後の人生に大きな影響を与えたことが予想されます。
YOSHIKIは11歳の同時期にロックに目覚めます。当時よく行っていたレコード屋でKISS(キッス)のレコードを見つけてドラムを始めます。
YOSHIKIは1977年に小学生ながらもToshIと共に「DYNAMITE(ダイナマイト)」というバンドを結成します。当時のToshIはギターでした。
DYNAMITEはKISSのカバーを中心に演奏していました。YOSHIKIが中学に進学してからはToshIと1978年に「NOISE(ノイズ)」を結成します。しかし、後にボーカルが別の中学に移ったため、ToshIがボーカルになります。
カバーするバンドは主に洋楽で、Led Zeppelin(レッド・ツェッペリン)などを中心に演奏していました。YOSHIKIは14歳ですでにバスドラムが2つある、ツーバスのドラムを所有していました。
ちなみに有名なエピソードとして「中学生時代のYOSHIKIの成績」があります。YOSHIKIはバンド活動や暴走族といったやんちゃをやっていたわけですが、一方で学校の成績は学年2位を取ったこともあってトップクラスでした。
高校時代からX JAPANで活動まで
YOSHIKIは中学校を卒業してから千葉県立安房高等学校に進学します。進学校で頭がいい学校です。
YOSHIKIは高校2年生だった1982年に、ToshIや他校のメンバーと「X」を結成します。X自体としてはIRON MAIDEN(アイアン・メイデン)に影響を受けていました。
YOSHIKIは高校3年生の時に音楽大学に進学することを決めます。音楽理論を学んだり、コンテストに参加したりして音楽大学に推薦で進学するつもりでした。
しかし、ToshIから「大学に進学しない」と告げられて、YOSHIKIも音楽大学に進学せずバンドだけでやっていく決心をします。
その後、Xは東京で活動することになります。初期のXはかなりの頻度でメンバーを交代ていました。原因はほぼYOSHIKIとの対立で折り合いが付かずに辞めていったメンバーも山ほどいます。
また、Xはレコードを売りたかったのですが、どこのレコードもオファーをくれませんでした。そこで、自分たちでリリースすることになります。
1986年に「エクスタシーレコーズ」を設立し、「オルガズム」を発売します。YOSHIKIは後に手売りで2500枚を売り切ったと語っています。
その後、1986年にTAIJIが加入、1987年にPATA、HIDEが加入します。当時のYOSHIKIはシンバルにガソリンを付けて燃やすなどしていたことから、数々のライブハウスから出禁になります。
しかし、その行動とは裏腹にYOSHIKIは物事をよく考えていました。「いい音楽を作っても知名度がなければ売れない」という考えから「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」に出演します。それがきっかけで、全国的にXの名前が売れます。
その他にもライブの来場者特典として家電を配ることも考えていたようで、当時としてはかなり斬新で話題性のあるマーケティングをしていたのが伺えます。
そして、1989年にXはメジャーデビューします。
その後、1992年にTAIJIがYOSHIKIとの不仲により脱退して、代わりのベースにHEATHが加入します。
同時期にバンド名を世界進出のためにJAPANを付けて、「X JAPAN」に変更します。
X JAPANはその後、ミュージックステーションのスーパーライブに出演したり、全国ツアーを開催したりしていました。しかし、世界進出はToshIの英語の発音が原因で断念します。
そして、1997年にX JAPANは解散、1998年にHIDEが死亡します。
その約10年後の2007年に再結成して2009年にSUGIZOが加入して現在までYOSHIKIはX JAPANのドラマーとして活動しています。
YOSHIKIの音楽性
ドラム
YOSHIKIのドラムは多くの人を魅了しています。この背景にはYOSHIKIの圧倒的なパワフルなドラミングがあります。よく、LUNA SEAの真矢と比較されますが、YOSHIKIのドラムは一つひとつが全力です。
普通のドラマーは脱力をして体に負担をかけることはしませんが、YOSHIKIの場合は全てのプレイにおいて全力です。
あまりにも激しいドラムなので、YOSHIKIが体を壊してしまったこともあります。たとえば、首を痛めてヘルニアになって、それが悪化して手術をしました。ドラムを叩いて、頭も振るのでかなりの負担があったのでしょう。
一時期、YOSHIKIは手の感覚を失っていたこともあります。
YOSHIKIは2008年のライブでドラムを叩いていた時に倒れてしまうこともありました。いかにドラムが激しくて体力を使うか分かるでしょう。
最近ではコルセットを首に巻いて体に負担がかからないようにしてドラムを叩いています。
これがYOSHIKIが全力で叩いているのが分かるドラムソロのビデオです。
使用機材
- TAMAのドラムセット
- CR-40A(ピアノ)
ドラム
YOSHIKIはTAMAのドラムセットを使用しています。星野楽器株式会社が製造を行っているのですが、業界屈指のハイクオリティなドラムセットです。
こちらはTAMAが公開していたYOSHIKIのドラムです。
普通のドラムセットと見た目から違って、クリスタルです。YOSHIKIといえば、クリスタルのドラムセットですよね。値段も数百万すると言われています。クリスタルのおかげで、照明で何色にも光らせることができます。
また、クリスタルドラムの性質上、強く叩かないと音が小さいというデメリットもあります。これがYOSHIKIの体調にも関わってくるのでしょう。ちなみにドラムスティックは同じくTAMAの「H-YKB」を使用しています。
しかし、YOSHIKIは高価なドラムセットを使っていても壊してしまいます。ドラムセットを投げたり、自分からダイブしたりして怪我を負うこともあります。理由は機嫌が悪かったり、テンションが上がったりさまざまらしいです。
hideがいた時には、hideもギターをぶん回していたのでめちゃくちゃでした。ロックですね。ちなみに、hideの追悼ライブでYOSHIKIはhideモデルのギターを弾いていましたが、これも最後に破壊します。
ピアノ
ピアノもドラムと同様にクリスタルです。メーカーはカワイで「CR-40A」です。
こちらがメーカーのカワイが公開していた「CR-40A」です。
ドラムほど破壊をしていませんが、YOSHIKIはピアノを演奏中に演出で叩きつけたりすることはあります。値段はおよそ640万円と言われています。
動画の冒頭に注目すると、YOSHIKIがKAWAIのピアノを弾いています。
作詞作曲
X JAPANはほぼYOSHIKIの作詞作曲です。クラシックとメタルを混ぜた曲が特徴でYOSHIKIの頭の中には作品の完璧なイメージがあって、そのイメージを作品にするためにかなりメンバーやスタッフに対しても厳しいことで知られています。
作曲の時は絶対音感をもっているため、ペンと譜面だけで行います。ピアノなどの楽器を使ってしまうと、自分の指癖などが入ってしまうため楽器は使いません。作曲にもかなり時間を使う一方で作詞にもそれ以上の時間を使っています。
YOSHIKIの歌詞を見てみると、非常に抽象的なフレーズが多く内容も悲しいものや死について書かれたものが多いです。英語の歌詞やセリフも目立ちます。
YOSHIKIの代表曲は「紅」です。
この曲が1番世間に知られているのではないでしょうか。高校野球の応援歌としても使われていますね。
その他、YOSHIKIの代表曲はこちらです。
Forever Love
「Forever Love」 は1996年7月8日発売の14thシングルです。週間オリコンチャートで1位を記録しました。小泉純一郎(こいずみじゅんいちろう)が大好きな曲で、X JAPANの代表的なバラードです。
1996年11月4日発売の4thアルバム「DAHLIA」 に収録されています。
ENDLESS RAIN
「ENDLESS RAIN」は1989年12月1日発売のの4thシングルです。週間オリコンチャートで3位を記録しました。バラードですが、ライブではみんなで叫ぶようにして歌うのが定番です。
1989年4月21日発売の2ndアルバム「BLUE BLOOD」に収録されています。
Rusty Nail
「Rusty Nail」は1994年7月10日発売の10thシングルです。ドラマ「君が見えない」の主題歌で、バンド初の週間オリコンチャートで1位を記録しました。ライブでは序盤に演奏されて一気にヒートアップするような楽曲です。
1996年11月4日発売の4thアルバム「DAHLIA」 に収録されています。
Silent Jealousy
「Silent Jealousy」は1991年9月11日発売の6thシングルです。週間オリコンチャートで3位を記録して、第42回紅白歌合戦でも演奏されました。冒頭は静かなピアノで始まり、一気に激しくなる楽曲です。
1991年7月1日発売の3rdアルバム「Jealousy」に収録されています。
Tears
「Tears」は1993年11月10日発売の9thシングルです。ドラマ「憎しみに微笑んで」の主題歌で週間オリコンチャートで2位を記録しました。HIDEが最も愛した曲だと言われいて、感動的なメロディラインのバラードです。
1996年11月4日発売の4thアルバム「DAHLIA」に収録されています。
Say Anything
「Say Anything」は1991年12月1日発売の8thシングルです。ドラマ「ララバイ刑事’91」のエンディングテーマで、週間オリコンチャートで3位を記録しました。たまにToshIがアコギで弾き語りをします。
キーがとても高くて、レコーディングでToshIは吐血したエピソードが残っています。
1991年7月1日発売の3rdアルバム「Jealousy」に収録されています。
X
「X」は1986年4月10日発売の2ndシングル「オルガスム」のカップリングソングです。ライブで1番盛り上がる曲で、サビで会場の全員がジャンプすると、地震と同じくらい揺れます。
1989年4月21日発売の2ndアルバム「BLUE BLOOD」に収録されています。
DAHLIA
「DAHLIA」は1996年2月26日発売の13thシングルです。週間オリコンチャートで1位を記録しました。YOSHIKIはこの曲を作り上げるまでに時間と労力を使ったため、「大嫌いな曲」と言ったこともあります。スピード感あるロックナンバーです。
1996年11月4日発売の4thアルバム「DAHLIA」に収録されています。
WEEK END
「WEEK END」は1990年4月21日発売の5thシングルです。週間オリコンチャートで2位を記録しました。サビで「WEEK END」と連呼するところが思わず耳に残ってしまう楽曲です。
1989年4月21日発売の2ndアルバム「BLUE BLOOD」に収録されています。
UNFINISHED
「UNFINISHED」は1989年4月21日発売の2ndアルバム「BLUE BLOOD」に収録されている曲です。この曲で「ミュージックステーション」にも出演しました。X JAPANの中でもピアノが綺麗な楽曲だと言われています。
BLUE BLOOD
「BLUE BLOOD」は1989年4月21日発売の2ndアルバム「BLUE BLOOD」に収録されている曲です。X JAPANの中では暴れソングで、メタル色全開の楽曲です。派手なギターのリフがいいですね。
ART OF LIFE
「ART OF LIFE」は1993年8月25日発売の4thアルバム「ART OF LIFE」に収録されている曲です。30分くらいあって、YOSHIKIの半生をテーマにしていて、ロックとクラシックの両方の音楽性をフルに出している楽曲です。
CRUCIFY MY LOVE
「CRUCIFY MY LOVE」は1996年8月26日発売の15thシングルです。バラエティ番組「トゥナイト2」のエンディングテーマで週間オリコンチャートで2位を記録しました。ピアノが前面に出ている優しいバラードです。
1996年11月4日発売の4thアルバム「DAHLIA」に収録されています。
Stab Me In The Back
「Stab Me In The Back」は1991年7月1日発売の3rdアルバム「Jelousy」に収録されている曲です。X史上1番テンポが早い楽曲で、1分間につき、ドラムを800発近く叩いています。聴くだけでも圧巻です。
THE LAST SONG
「THE LAST SONG」は1998年3月18日発売の18thシングルです。ドキュメンタリー番組「知ってるつもり?!」のエンディングテーマでした。1997年の解散ライブの1番最後と、2008年の再結成ライブの1番最初に演奏された伝説のバラードです。
1997年12月19日発売のベストアルバム「BALLAD COLLECTION」に収録されています。
VANISHING LOVE
「VANISHING LOVE」は1988年4月14日発売の1stアルバム「Vanishing Vision」に収録されている曲です。1992年以降は演奏される機会が少なくなりましたが、X JAPANらしい勢いのある楽曲です。
Without you
「Without you」は2017年3月3日発売のサウンドトラック「WE ARE X オリジナル・サウンドトラック」に収録されている曲です。YOSHIKIがHIDEを想って作った曲で、再結成後の代表的なバラードです。
YOSHIKIのソロ活動
YOSHIKIのソロ活動は、1人で活動したり音楽ユニットを組んだりしています。
YOSHIKI個人の活動
YOSHIKI個人のソロ活動としてはクラシックの音楽をメインにしていて、特にソロではピアニストとして活動することが多いです。1993年にシングル「Amethyst(アメシスト)」をリリースします。とても幻想的な曲です。
他にも影響を受けたクラシックを集めたアルバムもリリースしています。
その後は、1999年には「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」にて「Anniversary(アニバーサリー)」という曲を披露しています。本番ではピアノ演奏と共に曲を天皇陛下の前で披露していました。
他には、YOSHIKI個人としてディナーショーを開催したり、テレビ番組に出演したりしています。特に近年ではHYDEと一緒に曲を出したり、紅白に出演したことが話題ですね。
この曲は「RED SWAN」です。YOSHIKIのメロディとHYDEのボーカルのコラボです。
V2
最初のソロ活動は小室哲哉とのユニット「V2(ブイツー)」でした。天才作曲家同士のユニットです。「背徳の瞳〜Eyes of Venus〜」というシングルをリリースしてからソロ活動を本格的に始動させるのでした。
ちなみに小室哲哉が所属するglobe(グローブ)とは後にコラボをしています。globe exstream(グローブエクストリーム)という名前で「seize the light」をリリースしています。
Violet UK
Violet UK(バイオレットユーケー)は、YOSHIKIの音楽プロジェクトです。人種を超えて前衛的な音楽を作るというような意味のバンド名です。X JAPANではやりたい曲ができないということで、YOSHIKIが作ったバンドです。
1991年のViolet UK結成の構想から2005年の初めての活動開始までかなりの時間がかかっていて、現在に至るまでメンバーを多くチェンジしています。
現在のメンバーは以下の通りです。
- ドラム、ピアノ:YOSHIKI(X JAPAN)
- ボーカル:ケイティ・フィッツジェラルド(シンガー)
- ギター:SUGIZO(X JAPAN、LUNA SEA)
2010年からボーカルは変わっておらず、2011年からSUGIZOが加入しています。
Violet UKの人気曲を3つ紹介します。どれもX JAPANとは雰囲気が大違いです。ひとつ目が「Rosa(ローザ)」です。女性ボーカルと流麗なメロディが感動を誘います。
ふたつ目が「Blue Butterfly」です。静かな曲かと思いきや突然激しくなって感情の浮き沈みが綺麗に表現されています。最後に「Unnamed Song」です。同時多発テロの犠牲者のために作られた曲で、泣けます。
これらの曲はYouTubeなどにMVはありませんでした。
S.K.I.N.
YOSHIKIは2007年に「S.K.I.N.(スキン)」を結成します。メンバーは以下の通りです。
- ドラム、ピアノ:YOSHIKI(X JAPAN)
- ボーカル、ピアノ:GACKT(シンガー)
- ギター、バイオリン:SUGIZO(X JAPAN、LUNA SEA)
- ギター、三味線:雅(ミュージシャン)
超豪華メンバーです。ただし、S.K.I.N.自体はほぼ活動していません。メンバー全員が多忙なので仕方ないですね。
ちなみにS.K.I.N.が活動を再開するかどうかはYOSHIKIの意思にかかっていると、GACKTは言っています。
YOSHIKIのプライベート
ヨシキティ
ヨシキティ(yoshikitty)とは、2009年に誕生したデビュー当時の格好をしたキティちゃんのことです。このヨシキティに関連したアイテムがかなり人気です。
代表的なアイテムには以下のような物があります。
- 時計
- 財布
- 金貨
- ギターピック
ドンキ限定のヨシキティグッズもあります。
1月25日にドンキ限定 #ヨシキティ グッズがいよいよ明後日発売!
各商品が世界限定870個という超貴重な商品!※1会計につき同じ商品の購入は2個まで
※先着販売の為、売り切れ次第終了
※反響が多い際は抽選販売に変更する場合があります
→https://t.co/0vkimKqJDy#YOSHIKITTY #XJAPAN #YOSHIKI pic.twitter.com/Qtud5XPXsC— 驚安の殿堂 ドン・キホーテ (@donki_donki) January 23, 2020
このほかにも、しまむらで販売されているヨシキティグッズもあります。意外なところで売られていますね。
資産
噂ではYOSHIKIの総資産は700億円と言われています。アメリカに住んでいるので、正確な収入を把握できないようです。以前、長者番付に載った時は納税額から年収は約5.5億円だろうと判断されていました。
ワインが大好き
YOSHIKIはワインが大好きです。2020年にアメリカの自宅から生放送した時もワインを飲みながら配信していました。2009年にはワインブランド「Y by YOSHIKI」をプロデュースしています。ファンならこのワインを飲みながらライブのDVDを見たいですね。
ToshIとYOSHIKIの仲
ToshIとYOSHIKIは幼稚園からの仲です。今のX JAPANはこの2人の間で揺れ動いていて、仲はいいけど悪いという矛盾を抱えています。
YOSHIKIはリーダー気質で人に指示を出すのが得意な人間で、一方でToshIは言われたことに対して従う素直な一面があって正反対の性格です。
すでにXを結成したころから、この上下関係がありました。
YOSHIKIは完璧主義の人間であり、作品のためには心も鬼になれるような人です。Xの初期時代に何人ものメンバーが抜けたのは、YOSHIKIが他のメンバーに対して厳しかったからですが、ToshIもその厳しさを受けていたひとりです。
X JAPANの他のメンバーは楽器を弾きますが、ToshIだけは生身の体が楽器です。しかし、YOSHIKIは「作品のためなら」とToshIを楽器のように扱っていました。
ToshIも本当に優しい人間で「YOSHIKIをガッカリさせてはいけない」という思いで注射を打ちながらレコーディングをしていたと言います。
しかし、ToshIは何度レコーディングをしてもYOSHIKIからOKテイクは出ず、怒鳴られるばかりでした。さすがにToshIも疲弊してYOSHIKIに心を閉ざすようになります。解散直後には言葉を交わさないでレコーディングしていたと言われるほどです。
その結果ToshIは洗脳されて、バンドも解散してしまいます。YOSHIKIは解散ライブの時に、ドラムセットの台から降りてToshIのところまで歩いて行って「誰のせいで解散したんだ」という思いで殴ろうとしたのは有名な話です。
しかし、YOSHIKIは「幼なじみのToshI」を見て自然と抱きしめていました。
その後、X JAPANが再結成してからは仲のいい2人に戻るのですが、また2018年頃から不仲説が流れます。理由は方向性の違いと事務所の契約問題です。
週刊誌の報道などによると、ToshIはバラエティなどによく出演するようになっていますが、YOSHIKIはそれを好まないようでズレが生じています。
その結果、X JAPAN自体の活動も進まないのです。再結成後のアルバムも未だにリリースされていません。ファンとしては早くX JAPANとして2人が活動している姿を見たいですね。
ブログで英会話教室を行う
YOSHIKIはブログで英会話教室を2020年4月から始めました。なぜ英会話教室を開いたのかというと、2020年の新型コロナウイルスの流行が関係しています。
YOSHIKIの「多くの人が外出自粛で家にいるので、少しでもできることはないか」という思いで始めたのが英会話教室でした。
ちなみに、YOSHIKIは英会話教室以外にもコロナウイルスに関連して多くの活動を行っています。
たとえば、寄付や自分のブランドである「yoshikimono」からマスクをデザインして制作したり、コロナウイルスについて山中伸弥教授と対談を行ってその模様を世界に配信したりしています。
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アメリカ移住して手に入れた英語力
YOSHIKIは1993年にアメリカのロサンゼルスに移住して、レコーディングスタジオと自宅を購入しています。そのため、日本で仕事がある度に飛行機に乗って帰ってくるような暮らしをしています。
YOSHIKIが移住した当初は英語で流暢なコミュニケーションが取れなかったのですが、毎日みっちりと勉強したおかげで現地のスタッフとコミュニケーションが取れるレベルまで上達しています。
YOSHIKIが幼少期からアメリカ移住してペラペラになったわけでなく、大人になって英語を勉強して喋れるようになったことから、英語を勉強している人にも勇気を与えてくれますね。
こちらは、現地の番組でインタビューされた時の映像です。通訳も介してなく流暢です。
交友関係
YOSHIKIの交友関係はとても広いです。世界的に有名な人と交流があります。何人か見てみましょう。
ミュージシャンではGACKTとDAIGOと仲がいいです。特にGACKTとは一緒のバンドをやっていて交流もかなりあります。
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アクションスターのジャッキーチェンとも交流があります。
Wonderful dinner with #JackieChan .#ジャッキーチェン @EyeOfJackieChanhttps://t.co/xjHDhWqHrb pic.twitter.com/Jr1u8ZNLrJ
— Yoshiki (@YoshikiOfficial) June 12, 2019
楽天の三木谷 浩史(みきたに ひろし)とも交流があります。楽天のクレジットカードにもYOSHIKIモデルがあるくらいです。
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その他にも以下のような著名人と交流があります。
- Skrillex(スクリレックス)
- will.i.am(ウィル・アイ・アム)
- 小林久隆
- Marilyn Manson(マリリン・マンソン)
- Johnny Depp(ジョニー・デップ)
- Stan Lee(スタン・リー)
- 桃井かおり
- 鉄拳
- Barack Hussein Obama(バラク・オバマ・シニア)
- Paul McCartney(ポール・マッカートニー)
- Lady GaGa(レディー・ガガ)
- KISSのメンバー
- Roger Taylor(ロジャー・テイラー)
- 水沢アリー
特にオバマ元大統領とのツーショットが公開された時はかなり話題になりました。
What a surprise!
President Obama showed up. Having an amazing birthday in SF!
サンフランシスコで誕生日に、サプライズでオバマ大統領がきた。。@BarackObama @Benioff https://t.co/onkqtGvZ9D pic.twitter.com/jDYdr1Rc6x— Yoshiki (@YoshikiOfficial) November 22, 2019
YOSHIKIの愛用ブランド
YOSHIKIが愛用しているブランドは以下の通りです。
- 5351
- Roen
- alice auaa
- JULIUS
- Dior
- PRADA
- Louis Vuitton
- Persol
- Rayban
YOSHIKIはハイブランドを中心にコーディネートをしているようです。ロックなブランドが多いですね。また、サングラスはPersol(ペルソール)、Rayban(レイバン)というブランドを使用しています。
YOSHIKIのすっぴん画像はある?
Googleで「YOSHIKI すっぴん」等で調べると、YOSHIKIのすっぴん画像を確認できます。普段派手なメイクをしていない時はサングラスをかけています。
また、昔の画像を見るとYOSHIKIがさらに激しいメイクをして長髪だった時代を見ることができます。現在そこまでメイクしなくても、体型は一緒なのがすごいです。
YOSHIKIの恋愛事情について
彼女がいる?結婚は?
さて、最後にファンのみなさんが気になる恋愛事情について調べてみましょう。
YOSHIKIは独身です。しかしながら、彼女はいるという噂が流れています。しかし、日本人ではありません。ハリウッドの女優や香港に住むロシア人モデルが彼女だという噂もあります。
しかし、本人から発表されたわけではないので不確定です。ちなみに1994年にはフライデーに工藤静香(くどうしずか)と付き合っていることがリークされています。
まとめ
今回はX JAPANのYOSHIKIについてご紹介しました。謎めいている雰囲気ですが、プライベートの情報も意外と開示されています。知れば知るほど素敵ですね。
ぜひ、参考にしてみてください。