V系アーティスト図鑑

【DEAD END】MINATOの現在とプロフィール|今は湊雅史として活動中

ロックにこんにちは。みなさんは、ビジュアル系の音楽をいつも楽しんでいますか。

DEAD END(デッドエンド)は1980年代に、ダークな世界観の楽曲や演奏スタイルで大人気になったバンドです。多くの後輩バンドも影響を受けました。そのメンバーだったMINATO(ミナト)が1990年に脱退して、一時期バンドも活動休止します。

そんなMINATOは現在、何をしているのでしょうか。プロフィールと合わせてご紹介します。

MINATOの現在

MINATOはDEAD ENDを脱退してから、本名の湊雅史(みなとまさふみ)名義でスタジオ、サポートミュージシャンとして活動しています。また、それと並行して数々のバンドを組みながら音楽活動を続けています。

A

MINATOの現在のメインバンドは「A(アー)」です。

メンバーは以下の通りです。

  • サックス、ボーカル:MAR☆BIN
  • ギター:橋本じゅん
  • ベース:大西真
  • ドラム:湊雅史

このバンドは曲を聴いてわかるように、ビジュアル系ではありません。ファンクバンドのように全く違うジャンルです。

また、ライブは基本的に東京で行っていますが、全国ツアーも過去に開催しています。

最新情報は公式サイトをご覧になってください。

サポートドラム

MINATOはAのステージでドラムを演奏するよりも、他のアーティストと一緒にステージに上がることの方が多いです。最近では2019年に吉川晃司(きっかわこうじ)の全国ツアーに参加しています。

MINATOの公式サイトを見ると、一覧で最新の出演情報を確認できます。

MINATOの脱退理由

MINATOの脱退理由について、断定できるものはありません。

しかし、ファンの間では「もともと、DEAD ENDの活動にそこまで乗り気ではなかったのではないか」とも言われていて、MINATOはDEAD ENDに加入する時から「あまりDEAD ENDが好きではない」と発言しています。

そのため、「音楽性が違ったので、脱退したのではないか」という見方が有力です。

 

MINATOの経歴を見ても分かるように、幼い頃からジャズの影響を受けて育ちます。そして、メタル系のドラマーにも影響を受けますが、他のメンバーとは音楽性が完璧に一致していたわけではありません。

また、MINATOの現在の見た目や、やっているバンドを見ても特にビジュアル系らしさはありません。やはり、音楽性の違いという理由が有力だと思われます。

MINATOのプロフィール

MINATOの基本情報

名前MINATO(ミナト)
担当ドラム
愛称MINATOさん
本名湊 雅史(みなと まさふみ)
生年月日1966年3月20日
血液型O型
身長非公表
出身地東京都生まれ、札幌に13歳で引越し
性格マイペース
好きなもの情報なし
嫌いなもの情報なし
所属事務所元アミューズ
家族構成不明
影響を受けたアーティストディープ・パープル(Deep Purple) など

MINATO(ミナト)はDEAD END(デッドエンド)のドラマーです。1966年3月20日生まれの年齢は55歳、東京都出身で血液型はO型です。また、本名は湊 雅史(みなと まさふみ)で、現在はこの名前で活動しています。

また、DEAD ENDでドラムを叩いていた頃は、「正確なリズムを刻み続ける精密機械」とキャッチコピーをつけられていたほど、正確にドラムを叩く人物です。

一方で、ファンの間ではマイペースな人物だと言われています。端正な顔立ちと言われることもあるのですが、本人はあまり見た目を気にしておらず自分のペースで暮らしています。

MINATOのSNS情報

MINATOはFacebookをやっています。しかしながら、「湊雅史のライヴスケジュール」というページ名の通り、スケジュールを告知するためだけに存在します。MINATO本人はコメントなどに返信はしていません。

MINATOのプライベートを知るのは難しく、雑誌などをチェックするしかないようです。

バンド経歴

  1. SABER TIGER(湊雅史)
  2. T.N.T(?)
  3. RED(?)
  4. DEAD END(MINATO)
  5. RAEL(湊雅史)
  6. 60/40(湊雅史)
  7. Optical*8 (湊雅史)
  8. FORE(湊雅史)
  9. 13oz(湊雅史)
  10. A(湊雅史)

MINATOのバンドの経歴はこのようになっています。

生い立ちから加入まで

MINATOは1966年、東京都で生まれました。音楽一家で、幼少期から音楽に親しんでいました。特に父親は50年以上のキャリアを持つ、ジャズピアニストの湊孝夫(みなとたかお)です。

その影響もあって、MINATOは幼い頃からピアノ、トランペット、フルートといったジャズでも使う楽器を演奏していました。

そして、13歳の時に父親が育った札幌に引っ越します。札幌でも音楽が身近にあって、14歳の時にドラムを始めます。幼い頃からさまざまな楽器をやっていた経験もあって、ドラムもすぐに上達します。

 

MINATOは高校生になってから、本格的にドラマーとして札幌を拠点に活動します。そして、17歳の時に全国的にも有名だった札幌のヘヴィメタルバンド「SABER TIGER(サーベルタイガー)」に加入します。

このSABER TIGERはX JAPANのhideが在籍したバンドとは別です。

MINATOのSABER TIGER加入は当時の音楽界には衝撃で、高校球児が甲子園を飛ばしてプロ野球で活躍するようなものでした。そして、MINATOはその後「T.N.T」、1983年に札幌で「RED」というバンドで活動していました。

 

一方で、1984年にボーカルのMORRIE(モーリー)と元ギターのTAKAHIRO、ベースの”CRAZY” COOL- JOE(クレイジークールジョー)はDEAD ENDを結成します。そして、すぐに元ドラムのTANOが加入します。

DEAD ENDはデビュー前から注目されていて、1985年のデビューライブには、470人の観客が集まりました。今ほど一般的に浸透していなかったインディーズシーンで、1986年に全国ツアー、2万枚を超えるCDの売り上げという偉業を打ちたてます。

また、1986年に元ギターのTAKAHIROが脱退して、同年からギターのYOUがDEAD ENDに加入します。しかし、1987年に元ドラムのTANOが体調不良で脱退します。そして、同年のオーディションで新ドラマーのMINATOが加入します。

この時、MINATOは21歳でした。その後、DEAD ENDのメンバーとして活動して、1990年1月20日にMINATOが脱退します。そして、DEAD ENDはMINATOの穴が埋められずに活動を休止します。

 

その後、約20年後の2009年に活動を再開して、ワンマンライブを行う一方で、Acid Black Cherry(アシッドブラックチェリー)の主催ライブ、LUNA SEAのイベントに参加します。しかし、MINATOはライブにほとんど参加していない状態でした。

それからDEAD ENDは2015年まで活動するのですが、2020年6月にギターのYouが亡くなります。その後、DEAD ENDは現在でも活動休止中です。

MINATOの音楽性

ドラム

MINATOはディープ・パープル(Deep Purple)の影響を受けています。特にドラマーのイアン・ペイス (ian Paice)のプレイスタイルに影響を受けました。

また、その他にも、テリー・ボジオ(Terry Bozzio)ビル・ブラッフォード(Bill Bruford)を尊敬するドラマーとしてあげています。

これらのドラマーをミックスしたようなMINATOのドラムスタイルは、数多くのファンを生み出しました。

 

一方で、MINATOのドラムのリズムキープの正確さや、手数の多いフレーズも的確に叩くことが評価されていて、プロやアマチュア問わず数多くのドラマーからも尊敬されています。

MINATOと同タイプのドラマーは、ステージで派手なパフォーマンスをすることが多いのですが、MINATOは視覚に訴えかけるようなドラミングはせず、サウンドを通してオーディエンスの心に響かせています。

また、インスピレーションに従って演奏することが多く、同じ曲でも即興を混ぜてドラムを叩くこともあります。

「Serafine」という楽曲のライブ映像です。曲自体は全く派手ではありませんが、最初から最後まで低音を中心としたドラムが鳴っていて、正確さが伝わってきます。CDの音源に近いくらいのクオリティをライブで出していますね。

また、DEAD END脱退後はドラムスタイルが変わります。20代後半にフォームを大きく改造して、脱力感としなやかさを意識するようになったといいます。

使用ドラム

  • Ludwig

MINATOは「Ludwig(ラディッグ)」のドラムを愛用しています。

こちらは、Ludwigの公式サイトで公開されているレガシー・マホガニーシリーズのドラムです。また、DEAD END時代には「PEARL(パール)」のアルミ製のスネアを使っていました。

 

ちなみに、MINATOが「SABER TIGER」「RED」に所属していた時に、現在のドラムのセッティングの原型ができあがります。

具体的のセットには、ハイチューニングのスネアや、大口径のバスドラム、タム1点、フロアタム1〜2点、クラッシュシンバル1〜2点、スプラッシュシンバル、大口径のライドシンバルなどを並べています。

現在はこれらからスプラッシュシンバルを取り除いて、ドラムセットを組んでいます。

作詞作曲

MINATOは作詞や作曲をしていません。ドラムの演奏を通して、原曲のよさをさらに引き出しています。

MINATOのソロ活動

MINATOはDEAD END解散以降、いくつかのバンドを渡り歩き、さまざまなアーティストやバンドのサポートや、レコーディングミュージシャンとして活動していました。

1990年1月20日にDEAD ENDを脱退して、2月より「山羊智詞&赤羽楽団」に参加します。1991年頃に下山 淳(しもやま じゅん)と「60/40」、1994年頃にホッピー神山と「optical*8」を結成します。

また、1994年に日比谷野外音楽堂で開催された忌野 清志郎(いまわの きよしろう)仲井戸 麗市(なかいど れいち)が所属する「グラッド・オール・オーバー」に参加します。

 

その後は、スタジオ、サポートミュージシャンとしても活動の幅を広げていきます。2001年にRED WARRIORSの作品にスタジオミュージシャンとして参加して、ツアーではサポートミュージシャンも務めました。

同年、福山雅治のツアーにサポートミュージシャンとして参加します。MINATOは東京、大阪のドームでもドラムを演奏するのでした。

ちなみに、MINATOの本名は湊 雅史(みなと まさふみ)ですが、福山雅治のライブでは、メンバー紹介の時に「湊マサシ」と呼ばれ、アルバムにスタジオミュージシャンとして参加した時には、「minato masashi」と作品にクレジット表記されました。

その後、2005年にMINATOは奥田民生(おくだたみお)のアルバム「comp」にドラマーとして参加した後に、サポートミュージシャンとしてツアーにも参加します。

 

2006年にはDEAD ENDで一緒だったボーカル、MORRIEのソロプロジェクト「Creature Creature」のアルバムにスタジオミュージシャンとして活動します。

また、アルバム制作時に”CRAZY” COOL- JOE、YOUも参加しているので、メンバー同士の関係は良好なのが分かります。

そして、同年の2006年には奥田民生のツアーに参加、2007年にアルバムのレコーディングに携わります。2008年には再びツアーに参加します。

 

2009年にDEAD ENDが再結成します。MINATOはアルバム「METAMORPHOSIS」に全曲ドラマーとしてレコーディングに参加しますが、ライブなどで演奏することはしませんでした。実質的に脱退したままの状態でした。

そして、MINATOは2010年に奥田民生のツアーにドラマーとして再び参加します。その後も、MINATOはライブイベントなどにも出演して音楽活動を続けています。

 

MINATOがこれまでにサポートやレコーディングに携わった代表的なバンドやミュージシャンは以下の通りです。

  • 松山千春
  • 吉川晃司
  • 福山雅治
  • TAKUYA
  • 氷室京介
  • GLAY
  • TRF
  • 福山雅治
  • 奥田民生
  • Creature Creature
  • Bamboo Shuffle
  • Bon Temps Roule
  • サドルレス
  • MAD-KAB-AT-AshGate
  • 片山広明とハッピーアワー
  • 奥田民生バンド「MTR&Y」

MINATOのプライベート

DEAD END加入オーディション

MINATOはDEAD ENDのドラマーオーディションを受けて合格した結果、DEAD ENDで活動を始めます。もちろん、技術力が高く評価されたのですが、MORRIEから「DEAD ENDは好きか?」と聞かれます。

MINATOは「好きではない」とあっさりと答えました。MORRIE的には逆にそれがウケて合格になりました。

この受け答えをしても、DEAD ENDに在籍した凄腕ドラマーとして名を残すようになるのですから、すごいですよね。

講師

MINATOは秋葉原にある音楽教室、「秋葉原HOT MUSIC SCHOOL (ホットミュージックスクール)」で講師を務めています。

活動は不定期ですが、もし今ドラムをやっていて、MINATOのドラミングに興味があるならチェックしておきたいですね。

交友関係

MINATOはビジュアル系だけではなく、幅広いジャンルのミュージシャンと交流があります。たとえば、サポートを務めた吉川晃司(きっかわこうじ)、氷室京介(ひむろきょうすけ)、奥田民生(おくだたみお)とは長年の付き合いです。

また、元L’Arc〜en〜CielのSakuraはDEAD ENDのローディー(裏方業務)を務めていて、sakuraはMINATOを崇拝しています。ちなみにsakuraはMINATOからドラムのスネアを譲り受けていて、かなり信頼関係があることが伺えます。

MINATOの愛用ブランド

MINATOが愛用しているブランドは公開されていませんが、ネット上にはファンがライブの時に一緒に撮った写真が多くあります。これらの写真を見てみると、ビジュアル系という感じではなくカジュアルなチェックシャツやタンクトップを着ています。

ロックなイメージのDEAD ENDのメンバーと比べても、カジュアル系のブランドが好きなのかもしれませんね。

MINATOのすっぴん画像はある?

Googleで「湊雅史」等で調べると、MINATOのすっぴん画像を確認できます。現在はすっぴんでヒゲを生やして活動していますね。

また、RCMR(ラーメンカレーミュージックレコード)のTwitterには、MINATOの現在のすっぴん画像がありました。右の写真に写っている、1番左の人物です。

また、昔の画像を見ると若い頃のMINATOが確認できます。今の無骨で男らしい感じとは違って、もっとコテコテのビジュアル系という感じですね。

MINATOの恋愛事情について

彼女がいる?結婚は?

さて、最後にファンのみなさんが気になる恋愛事情について調べてみましょう。MINATOの恋愛に関する情報はありません、

一方で、元Princess Princessの富田京子(とみたきょうこ)と付き合っていたのではないかと言われていたことがあります。

なぜかというと、Princess Princessの「M」という恋愛ソングがあって、これは湊雅史のイニシャルである「M」と言われているからです。

歌詞に出てくる「消せないアドレス Mのページ」というのがMINATOを指していて、ふたりの破局後に歌われたのではないかという説があります。

ただし、あくまでも噂です。MINATOのプライベートを私たちは見守りましょう。

まとめ

今回はMINATOについてご紹介しました。謎めいている雰囲気ですが、プライベートの情報も意外と開示されています。知れば知るほど素敵ですね。

ぜひ、参考にしてみてください。

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